萩姫

萩姫のことは、ネットで知りました。
今は、そのページは削除されていますが、磐梯熱海温泉に関するページには大抵「萩姫伝説」の記述が見られます。
現在、ネット上で見られる萩姫伝説は、おおよそ以下の内容です。

京に住む公卿の娘で萩姫という美しい姫が不治の病にかかり苦しんでいました。
ある夜、不動明王のお告げがあり「都を去る東北方、数えて五百本目の川岸に霊泉あり。それに浸かれば全快する。」 と聞きおよんだ姫は、侍女 雪枝を伴い都を旅立ち、困難の末、五百本目の川(現在の磐梯熱海温泉地内)にたどりつきました。その側に涌く温泉に浴したところ、姫の病は回復し、以前にも増して美しさを取り戻したという。

ただし、これは管理人が初めに読んだものとは、多少違います。
私が読んだものには続きがあって、概要は

萩姫の病が回復した後、北畠顕家が奥州にやってきた。
萩姫の心の中に天皇に対する忠節心が湧き上がり、北畠軍の中で唯一の女武将として加わった。
やがて、京に上った萩姫は、南朝のために忠勤に励んだ。
萩姫の侍女 雪枝は磐梯熱海にとどまって尼僧となり、この地で一生を終えた。

なかなかロマンがある伝説だと思います。
あくまで “伝説” ですので、本当に萩姫が磐梯熱海温泉を発見したのかも、ましてや、女武将として活躍したのかどうかということは分かりません。それこそ、萩姫が実在したのかどうかでさえ、定かではありません。
ですが、「もしかしたら、本当にこういうことがあったのかも・・・」と、思いを馳せるのも歴史の楽しみ方の一つですので、管理人の妄想を語ろうと思います(笑)


病に苦しむ美しい娘が、神仏のお告げにより苦労の末、温泉を探し当て病を回復する。そして、忠義の心を持ち、戦場の紅一点となる・・・

物語としては大変面白いと思います。夢とロマンに満ち溢れていますので、管理人にとっては、妄想の泉になりますね(笑)
美しい女武将と言えば、巴御前が浮かびますが・・・(笑)

木曽義仲に寄り添う巴御前の姿と、萩姫の姿を重ねようとすれば、やはり「お相手は顕家様を!」という気持ちになられる方は多いでしょう。
しかし、管理人は『吉野拾遺』で、顕家様の後を追って死のうとしたり、嘆き悲しんでいる句を詠んだと書かれている、正妻 “日野資朝の女(むすめ)” を贔屓していますので、その案は却下させていただきます(笑)。
もし、私が女性として顕家様の近くにいたとすれば、女子中学生か女子高生のような感じで、
「ちょっと、萩姫。顕家様は資子(=日野資朝の女(むすめ))のものなんだから、横からちょっかい出さないでよ!」
とか言ってそうですし、
奥州軍の一員(男)であれば、
顕家は資子のものなんだから、あきらめな。」
とか何とか言いつつ、ちゃっかりどこかで自分をアピールして萩姫をGETしたいところですが(笑))

(『吉野拾遺』は物語であって、歴史書ではないとされていますが、顕家様と“日野資朝の女”との絆の深さは、これに書かれてある通りだったと思っています。)

それでは、萩姫が横に立つ殿方は・・・?
以前、掲示板にも書きましたが、管理人が贔屓しております春日顕国にしたいと思います〜(笑)

ちなみに、女性ながらも戦に出た例はこの時代にも実際にあったようで、顕家様の時代よりは少し後ではありますが、洞院公賢の『園太暦』の正平8年=文和2年(1353)の6月3日の項に山名時氏の軍勢の中に“女騎多し”つまり「女の騎兵隊が多い」との記述があります。


萩姫に関しては、『萩姫伝説とその時代』(今泉正顕)という書籍もあります。
これは、昭和7年ごろに作られた『南朝秘話・熱海温泉物語』(橘輝政)という小冊子をベースにして、時代背景などを付け加えてまとめたものです。
『萩姫伝説とその時代』(今泉正顕)では、萩姫伝説は、奈良・平安時代からあった「五百川貴人流人伝説」と、「貴人霊湯発見伝説」が一緒になって、伝承されたのだろうとしています。
ネット上で見られる萩姫伝説では、萩姫は“京の公卿の娘”、“万里小路重房の娘”、“万里小路重忠の娘”と書かれているのですが、『萩姫伝説とその時代』(今泉正顕)では、萩姫は万里小路藤房の娘で、顕家とは婚約者だったとと書かれています。
これに関しては、『萩姫伝説とその時代』の中にも “橘さんの原作を尊重しながら〜中略〜時代背景を付け加えた「萩姫物語」にいたしました。”と書かれていますので、史実というより“物語”と考えた方が良いようです。
ちなみに管理人は、上述しているとおり、顕家様の正妻は、『吉野拾遺』や『系図纂要』に書かれている“日野資朝の女(むすめ)”説を採り、かつ、日野資朝の女(むすめ)を贔屓していますので、例え、萩姫が実在し、本当に女武将として奥州軍に参加していたとしても、顕家様のお相手としては、却下させていただきます(笑)


資料:『萩姫伝説とその時代』(今泉正顕)、『内乱の中の貴族』(林屋辰三郎)、その他ネット上での検索


平成22年(2010)3.23