北畠顕家奏状
第五条
| 原文 | 読み下し文 | 訳文 |
| 可被閣臨時 行幸及宴飲事 右 帝王所之無不慶幸、移風俗救艱難之故也、世莅澆季民墜塗炭、遊幸宴飲誠是乱国之基也、一人之出百僚卒従威儀、過差費以万数、況又宴飲者鴆毒也、故先聖禁之古典誡之、伯禹歎酒味而罰儀狄、周公制酒誥而諫武王、草創雖守之守文猶懈之、今還洛都再幸魏闕者、臨時 遊幸長夜宴飲、堅止之深禁之、明知前車之覆須為後乗之師、万人之所企望蓋在於此焉 |
臨時の行幸および宴飲(えんいん)を閣(さしお)かるべき事 右、帝王の之(いた)るところ、慶幸(けいこう)せずということなし。風俗を移し、艱難を救うの故なり。世澆季に莅(のぞ)み、民塗炭に墜つ。遊幸・宴飲まことにこれ乱国の基なり。一人(いちにん)の出ずるときは、百僚威儀に卒従(そつじゅう)し、過差の費(ついえ)、万を以て数う。況んやまた、宴飲は鴆毒なり。故に先聖これを禁じ、古典これを誡む。伯禹(はくう)酒味を歎きて儀狄(ぎてき)を罰し、周公酒誥(しゅこう)を制して武王を諫む。草創これを守るといえども、守文(しゅぶん)なおこれを懈(おこた)る。今洛都に還り、再び魏闕(ぎけつ)に幸さば、臨時の遊幸、長夜の宴飲、堅くこれを止め、深くこれを禁ぜよ。明らかに前車の覆(くつがえ)るを知りて、すべからく後乗の師となすべし。万人の企望するところ、けだしここにあり。 |
臨時の行幸及び宴会はやめるべきである。 天皇がおいでになるという、幸せを喜ばないことはない。上の教化が下々におよび、艱難を救うからである。 しかし、現在、世の中は道徳が衰え、国民は苦境に陥っている。 このような状況での遊幸や宴会は正に国が乱れる基である。 天皇が外出されるときには、多くの官吏が作法・礼式どおり、従っていく。その際の度を越した浪費は膨大な金額となる。 ましてや、宴会は後漢書にもあるように猛毒である。 だからこそ、古の聖人は宴会を禁じ、古典では戒めている。 夏の時代、儀狄が初めて酒を作ったが、夏の始祖である禹王は、これを嘆いて、儀狄を罰し、周公(周の文王の子)は、殷の生き残った民が酒を嗜むのを戒めた酒誥を制定することで兄の武王を諌めた。始めはこれを守っていたが、それでも祖業をついで国を治めるものは、これを怠った。 天皇が再び京都を回復して内裏に行幸された後は、臨時の遊幸、長夜の宴会は、一切止め、きつくこれを禁じること。 漢書に、前車の覆るは後車の戒めとあるが、このままだと、天皇の治世が失敗することは目に見えているので、速やかに改善し、後世の師となるべきである。 おそらく、万人がこれを希望しているであろう。 |
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