相棒のパパラチア殿は、舞楽を愛するあまり、おそらく神社関係者しか読まないであろう「神社新報」をなぜか購読している(笑)
そんなパパラチア殿が「顕家様関係の記事があった〜!」と持ってきてくれまして、私も読ませていただきました!!
内容は、中世から江戸末期にかけて伊勢 大湊一円の領主であった太田家に伝わった、顕家様から拝領した陣羽織についてでした!
その陣羽織は、
表地:白茶色の錦に草花文の金襴が施された二陪織物 裏地:桃色の羽二重 寸法:縦65cm、幅40cm そして、紅色の掛緒があり、背中には巴紋が施されている |
・・・だそうです。
背中側の白黒写真が掲載されているので、形は大体分かるのですが、色合いなんかは、文章からではさっぱり分かりません(泣)。
ああ、どこかにカラー写真がないかしら?
「神宮徴古館名品解説」というコーナーに書いてあったので、神宮徴古館に行けば見ることができるのかしら?
常設展示ではないのだったら、何かの機会に公開されるのかしら?
ああ、見たい!見たいよ〜!!
箱には鎌倉時代末期の太田家当主 備中守重泰の言葉と伝えられる墨書が添えられていて、その内容は・・・
・ 重泰は、執権 北条高時を諌めたため不興を蒙り、鎌倉を退去した ・ 奥州統治の任にあった北畠顕家の配下となった ・ そのことを顕家が「喜悦」をもって迎えた ・ その証として当時7歳であった重泰の嫡子 元泰にこの陣羽織を与えた |
と、いうようなことが、記されているのだそうです。
この陣羽織は太田家代々で大切に保管され、幼少の頃には見ることも許されなかったとか・・・
当主は、災害の時には真っ先に持ち出すことが家訓とされていたそうです。
大湊の自治組織が、北畠家と被官関係を結んだのは室町時代中期頃とされているそうなので、箱書きの内容については検討を要するとされていますが、もし、これが本当に顕家様が太田家に与えたものだとしたら、なんだか「顕家様ゆかりのものが、現代まで伝わっている〜!!」とすごく嬉しくなってしまいます!!
はぁ〜、いつかこの陣羽織を見に行きたいです〜!!
2008.3.25