顕家様関連年表 その1

年(西暦) 西暦月日 出来事
元弘3年(1333) 5月22日 7月4日 鎌倉幕府が滅ぶ
8月 9月10〜10月9日 北畠顕家 陸奥守に任じられる。
10月 11月8〜12月7日 顕家 義良親王を奉じて奥羽へ下向
建武元年(1334) 1月 2月5〜3月5日 大内裏造営費として、全国の地頭・御家人への20分の1課税と紙幣の発行を計る
5月 6月3〜7月1日 義良親王に親王の宣下
8月 8月30〜9月28日 顕家 北条氏の残党を討つため、津軽へ自らの出陣を目指し、南部師行に下向の雑事の用意を命じる。(しかし、出陣は実現しなかった)
二条河原落書が掲げられる
10月 10月29〜11月26日 護良親王の足利尊氏暗殺計画が発覚し、後醍醐天皇の命により親王が捕らえられる。
12月 12月27〜1月25日 顕家 津軽平定の賞として従二位に叙せられる
建武2年(1335) 6月 6月21〜7月20日 西園寺公宗の建武政権転覆計画を企て、捕らえられる。
7月 7月21〜8月18日 北条時行 信濃で挙兵し、鎌倉を攻略(中先代の乱)
足利直義 護良親王を殺害
8月 8月19〜9月17日 足利尊氏 鎌倉を奪還
10月 10月18〜11月15日 尊氏 後醍醐天皇の上洛命令を拒否
11月 12月15〜1月13日 顕家 鎮守府将軍に任じられる
新田義貞 尊氏討伐のため京を出発
12月 1336年
1月14〜2月12日
尊氏軍 義貞軍を破り西上
顕家 尊氏討伐のため、義良親王を奉じて陸奥を出発
建武3年(1336) 1月2日 2月14日 顕家 鎌倉を無血占領
1月10日 2月22日 後醍醐天皇 近江坂本へ
1月11日 2月23日 尊氏軍が入京
1月12日頃 2月24日頃 顕家 坂本の行宮に伺候
1月27日頃 3月10日頃 顕家・義貞軍 京で尊氏を破る
2月4日 3月17日 右衛門督に任じられ、検非違使別当を兼任
2月5日 3月18日 顕家 尊氏を追撃
顕家 鎮守府大将軍となる
2月6日 3月19日 顕家 尊氏を豊島河原で破る
    以後、各地で転戦
2月12日 3月25日 尊氏 九州へ敗走
3月10日 4月21日 義良親王 元服
3月20日 5月1日 顕家 陸奥に戻る
4月 5月12〜6月9日 顕家 斯波家長を破る
尊氏が九州より東上
5月 6月10〜7月8日 顕家 相馬一族を破る
楠木正成 湊川の合戦で敗れ自害
8月 9月6〜10月5日 尊氏 光明天皇を擁立
10月 11月4〜12月3日 顕家 藤原清衡の中尊寺供養願文を改書し、奉納
11月 12月4〜1月2日 尊氏 建武式目を定める
12月 1337年
1月3〜2月1日
後醍醐天皇 軟禁されていた花山院を脱出し、吉野へ逃げる
後醍醐天皇 顕家に京都奪還の綸旨を発する
参考資料
「南北朝の動乱」(集英社)
「北畠氏の研究」(大西源一)
「南北朝編年史」(吉川弘文館)
「日本暦綴 日本暦西暦対照暦」
          (辻通商梶j

注)日については、資料によって違っている場合もありますので、参考程度にとどめられるようお願いいたします。