♪ イメージソング? ♪
顕家様の妹 編


♪ 繰り返される結末が
絶望描くなら
隣の私まで
ねぇ永遠に眠らせてよ
 ♪
曲はこちらで聴けます。(ニコニコ動画ですが)→http://www.nicovideo.jp/watch/sm8292936

このフレーズを聴いたときに、顕家様の妹の顕子ちゃんが浮かんだんですね〜。
顕家様の妹は、後村上天皇に嫁いだわけなんですが、その、後村上天皇のイメージソングとして管理人は『僕等 バラ色の日々』(鬼束ちひろ)を挙げています→
『僕等 バラ色の日々』を作った鬼束さんのコメントを読むと、この曲のキーワードは“絶望”なんですよね。
なので、「あなた=後村上天皇」が“絶望”を描くなら、隣の「私=顕家様の妹」も、永遠に眠らせて・・・
そんな、イメージが浮かんだわけです。

以下は、管理人 大錦号の勝手な妄想なのですが(まあ、このサイトの大半が妄想で満ち溢れていますが(^^ゞ)・・・
 顕家様の兄弟妹の中で、顕家様と妹の顕子ちゃんが母親似で、この2人は似ていたのでは・・・?と思っているのです。
 顕家様の妹が後村上天皇の中宮だとかの記述を初めて見たときは、“慕っていた顕家様に瓜二つの顕子ちゃんに、後村上天皇が一目ぼれ”っていう妄想が浮かんだぐらいです(笑)
 今は、そんなことは思っていないのですが、顕家様と妹の顕子ちゃんが似ていたという妄想はいまだに持っています(笑)
 もちろん、男性と女性なので瓜二つとは思っていないのですが、全体的な雰囲気が似ているとか、目元はそっくりだとか、何か共通点があって、顕子ちゃんを見れば、顕家様を思い浮かべることができるってぐらいは似ていると妄想しています。

 で、単なる噂に過ぎないとはいえ、『園太暦』の正平8年(1353) 6月4日のところに、“北畠親房の女(むすめ)で、後村上天皇の女御が具忠卿と密通し、去る2月に逐電した”(駆け落ちしたとも解釈される)と、書かれていることを知った時に、新たな妄想が浮かびまして・・・・

 後村上天皇は、顕子ちゃんの中に顕家様の面影を探していた(私の妄想の中では、後村上天皇にとって、顕家様との思い出=自分が最も幸せだった時期の記憶 となっているので)。
 このことは顕子ちゃんにとっては、自分の夫が自分自身ではなく、自分を通して別の人を見ているということで、ものすごく悲しかったのでは・・・?
 しかも、後村上天皇は戦陣に身を置くことが多かったので、顕子ちゃんは寂しく帰りを待っていることが多いわけでして・・・
 その寂しさやむなしさから、他の男の人を頼りにするようになるってことは、無きにしも非ずかな〜・・・と。