-序-

 初めて訪れた"萩姫"ゆかりの地は、爽やかな春の日差しの中に、静かに佇んでいた。
 福島県郡山市・磐梯熱海温泉。同名の駅を降り立ったのは、みちのく路に漸く遅い春が訪れた、5月8日の午後の事だった。

 喧騒と狂熱の"黄金週間"も終わり、静けさを取り戻した東京駅を後に、12:08発の「MAXやまびこ」号で一路郡山を目指す。初めて乗った「東北新幹線」は快適そのもので、しかも2階席で眺望も抜群だ。
 今回の旅は、実は格安のパックツアーなのだが、JRの代金を除くと宿に三千円で泊まれて、その上郡山駅で千円分の駅弁がおまけに付いて来るという、超お得なツアー。往復の新幹線も座席指定で、ゆったり座れる優れモノ。2階席からの車窓風景を楽しむうちに、約1時間半で郡山駅に到着。
 最初は厚い曇天だった天気も、奥州路に入る頃から晴れ間が除き始め、白河を過ぎると、爽やかな晴天となる。心なしか、空気までが清らかに澄んでいるように透明感が感じられる。 郡山駅が近付くと、右手に宇津峰山系らしき山塊が見えて来るが、残念ながらどれが「宇津峰」かは判らなかった。
 そうしている内に郡山に到着。新幹線に別れを告げ、在来線ホームへ移動。楽しみな付録の駅弁は、現地で昼食を取りたいので帰りに廻し、「磐越西線」のホームへ移動する。その降り口には、大きな"会津の赤べこ(牛)"のイラストが、旅行客を迎えてくれる。
 ホームへ降りると、クリーム色にグリーンの帯が入った車体が停まっていた。郡山13:43発の会津若松行きだ。早速乗り込み、磐梯熱海を目指す。列車は程なくホームを離れ、すぐに東北本線から分岐。進路を西へ転じ、市街地を駆け抜ける。次の「喜久田(きくた)」駅を過ぎると、漸く風景画田園地帯へと変わり、次第に奥羽山系が近付いて来る。その次の「安子ヶ島(あこがしま)」駅を過ぎると、いよいよ五百川添いの峡谷地帯へと分け入り、郡山駅を出て15分、13:59に、遂に萩姫伝説の地、磐梯熱海駅へと到着した。
 まるで、萩姫様が歓迎しているかのような、爽やかな晴天。少し標高が高くなったせいか、空気の清澄さはまだ春の浅さを感じさせる。その証拠に、ホームの向かい側に、まだ桜が散り残っている。後で聞いた処では、山桜との事だ。
 駅は温泉街の外れに建ち、そのせいか人気もあまり無く、午後の静寂に包まれている。新緑に燃える山の緑が美しい、田舎の風景だ。陸橋を渡り、歓迎の文字が描かれたパネルの下の改札をくぐれば、駅前の広場が目の前に広がる。
 かくして私は、念願の地「磐梯熱海温泉」へと、降り立ったのである。<続>



2006.5.29