過去の砂防行政には渓流環境を重視する考え方はありませんでしたが、最近は河川法の改正や環境を重視する政策大綱の理念が打ち出される事にも見られように、砂防法の見方も環境を重視すると言う傾向が出され大きく変わりつつあります。この様な状況の中で私たちは、防災と環境の調和を求めて、防災面、財政面、環境面を考慮した対策を科学的根拠に基づいて建設的に話し合う精神を持って進めていくことを心から望んでおります。
20世紀半ばに入り人々の生活空間は広がりはじめ、特に後半においては都市部ばかりでなく土砂災害上問題のある郊外、山際、渓流出口付近など国土全体が開発されてきた。同時に森林が伐採されることにより治山度が落ち土砂災害ポテンシャルが高くなってきた。
こうした状況に伴って土砂災害は増加し、その対策として全国の山地渓流に多くの砂防ダム、治山ダムが建設された。その結果長野県をはじめ全国いたるところの渓流生態系や渓流景観は惨憺たる影響を受けている。
一方、開発による身近な自然の喪失が、最後に残された山地や原生的な渓流の生態系、景観などに安らぎを求めたいという国民の願望を強く抱かせ、その保護は社会的な要請となっている。長い間の地球の営みによってつくられてきた渓流景観や生態系は、人間がどんなに予算を投じて造ろうとしても造れるものではない。
渓流の生態系や景観を復元するために、将来的にはダムの見直しを視野に入れる事を含めた、渓流環境保護の対策をとって欲しいが、どうか。
今まで続けられてきた砂防ダム、治山ダム、貯水ダム建設事業などが適切な土砂移動を妨げ河床低下、山腹河岸崩壊の引き金、海岸線の後退、骨材の不足など多くの諸問題を生みだしている(北海道渡り島半島、長野県、富山県などの各渓流の事例あり)。この事は従来の砂防事業の前提になる各計画土砂量の設定値が適正でないことを示している。
そして国土交通省河川審議会「流砂系の総合的土砂管理に向けて」の答申でも正確な土砂移動の実態を把握するための「モニタリングの推進」を項目に載せることで前述の諸問題に対処しようとしている。特に、土砂を止める対策に重点を置いてきた従来の土砂管理の考え方を改め、適切な土砂移動が流砂系の安全、利用、自然環境保護、限られた予算の適切な使い方などの面から重要になってくるが、土砂移動の把握が十分にできていない現状において、根拠のない新たな砂防ダム建設は理にかなっていない。
渓流環境を壊すダム新設を止め、既存砂防ダムの浚渫をする事やオープン化への改修などで土砂調節量を増やすべきと考えるが、どうか。
100年近く時間をかけ、膨大な予算を費やして続けられてきた砂防事業の平均整備率が20数パーセントである。日本の苦しい財政事情からみて、今後の予算配分と今まで造られてきた砂防ダムの寿命(林野庁「治山施設被害原因調査報告書」によると1964年から4年間に769基の治山ダムが壊れた)を考慮に入れれば、100年後においても平均整備率を40パーセントにすることは難しい。
また、曖昧な土砂流出量の算出によって建設された砂防ダムが人間の生活空間を広げさせ、大きな災害につながる例(96年長野県小谷村蒲原沢、97年熊本県出水市針原川など)もある。その理由が予想を上回った土砂流出と言う見解ではすまされない。故意的にとは言わないまでも国土交通省は砂防=安全と言う神話を国民に与えてきた責任は大きいと考える。
したがって、この様な状況の中で効果的な防災を考える場合、土石流が出ることを前提とした対策が実態に即したものといえる。最近国土交通省が進めてきたハザードマップの配布、避難体制の確立、危険地帯への土地利用規制法等々のソフト対策が重要になる。
問題は、この様な考え方が地域末端まで及んでいないことにあり、今後の課題であると考えるが、どうか。
本来、谷の中には拡幅部、狭窄部、蛇行部、などがあり地形上土砂を堆積させる遊砂部的な場所がある。増水時にこの様な場所に一旦溜まった土砂は、時間をかけて徐々に土砂を放出していく(砂防部はこれを不安定土砂と位置づけている)。
この原理は現在国土交通省が進めているオープン式ダムのそれと同じものである。しかも、土砂調節量は砂防ダムに比べて格段に大きく、今後はこれらの自然な土砂調節機能を見直して行くべきである。また、この様な場所を人為的に狭めたり、施設を造るようなことはやるべきではないと考えるが、どうか。
21世紀は環境への世紀と言われ、人間の存在のための条件に関わっている「生物多様性」は大きなキーワードのひとつである。河川行政はこういった事を反映し「多自然型川づくり」の通達が出され、その後河川法の改正に至っている。その結果、川に対する考え方が大きく転換し、河川工事や改修工事の実施面においても生物への配慮や川をよく知る地元住民の意見が重要視され、改正された法が生かされつつある。
一方砂防事業においては、部分的には水生動物の生息環境を配慮した工方や移殖などがなされたり、地元住民の意見を聞くという試みもあるが、全般的には住民参加や環境への配慮が不十分であるのが実態である。
また、97年に通達された地域ごとの渓流環境整備計画は、検討委員会において住民の意見の反映がなされず、開催時間の短さ(松本は1回2時間で2回開催のみ)と共にそれぞれの渓流特有の実態把握が無いままにゾーン決定がなされた。このようなことを見直す必要があると考える。
したがって、近い将来的に、砂防法を全面的に改正すべきだと考えるが、どうか。
従来は、環境調査なしで工事が行われ、住民が知らないうちに多くの生き物がいなくなっていた。
このようなことを防ぐため、砂防工事事務所、建設事務所などは、砂防計画立案以前に環境調査、土砂流出調査、住民の要求する調査などを実施し、その結果を早急に公表し、住民との話し合いの場を設定すべきである。また、工事を前提にした調査ではなく、ゼロオプションも含め、他の選択肢も選べるようにしなければならないと考えるが、どうか。
なお、長野県松本市では先に述べた環境重視の観点から、林道一本の開削にも住民の要望に応じて直ちに環境調査を実施し、その結果を要望団体に公表し(別紙参照)、話し合いながらよりよい方策を検討していきたいとしている(国土交通省松本砂防工事事務所の現在のやり方はこうなっていない)。
長野県所管の中房砂防ダム(豊科建設事務所所管)にみられるように、堤高の高い砂防ダムに付けられた機能しない魚道が、環境に配慮したということで砂防ダム造りを肯定する根拠となっている。
また、長野県川上村にある阿知端下(あちばけ)砂防ダム(工事中)にみられるように、ダムが完成した後の砂防整備率が87%と、平均よりもかなり高い場所がある。
両ダム共に、緊急性・優先性の高いものとはいえない。こうしたケースは全国で数多く見られ、国からの補助金(50%)を出し続けることは、「事業のための事業」を進める構造形態を助長する。
補助金の在り方を全面的にかつ早急に見直す必要があるのではないか。