岡谷湊地区などの土石流災害の問題点

 一般に土砂災害は土石流、地すべり、がけ崩れの三つに分けられるが、岡谷湊地区の災害は土石流災害に属します。土石流とは、土、石、岩、木などが水を含み混じり合い、谷(沢)筋に沿って速い速度で流れ下る破壊力が大きいものです。なお三つのうち災害数では土石流が最も多い結果となっています。ここでハッキリさせておかなければならないことは、洪水災害(河川の決壊や内水氾濫など)と土石流災害とは大きく違うと言うことです。今回の諏訪、岡谷地方の災害では、諏訪湖周辺の洪水災害と湊地区などでの土石流災害とを区別して考えなければその対策が見えにくくななります。

 マスコミの報道では、古い考え方の人達の弁として「防災に関する現県政のミス」という様な言い方をしていますが、土石流災害の本質は危険地域への土地利用を無反省に進めてきた現県政以前の政策にあります。国交省(元建設省)と土建国家を推進してきた政治家グループ(砂防会館グループとゼネコン)、吉村県政までの知事などの責任が問われるべき事なのです。利権と行政が結びついた時代が長く続き、その事が社会システムに組み込まれ、災害が起こることによって予算を膨らませることができた今までのシステムが問題であるからです。 梅雨前線や台風が襲来すれば必ず各地で災害が起こります。何故でしょうか? 

 長野県の土砂災害危険箇所は約1万6千ヶ所(土石流危険渓流、土砂崩れ危険個所、地滑り危険個所など)。全国の土砂災害危険個所はおおよそ21万5千ヶ所、土石流危険渓流は約18万渓流。この膨大な数の危険個所全てに砂防ダム治山ダムなどのハードを入れることに実現性があるのか、しっかりと吟味する必要があります。

 明治からおおよそ100年をかけ、ハードのために膨大なお金と時間をつぎ込んできましたが、砂防整備率(砂防達成率)は全国平均で約22%です。仮に今までと同じ予算をかけられたとして整備率44%にもって行くにはあと100年はかかります。しかし、コンクリートの寿命は75〜100年といわれ、今まで造ってきたものは壊れてきます。ハードに頼ろうとすれば、結果的に22%前後の整備率が現実的な数字となります。この数字をどの様に考えるべきか、梅雨前線や台風などが日本のどこかに進めば岡谷のような災害が必ず発生するという現実をハッキリと直視しなければなりません。私たちの社会は、このような辛い経験を毎年のように繰り返してきました。
 また、比較的新しい砂防ダムなどが建設されていたところの災害例を見ると、流出土砂量が砂防ダムの土砂調節量(土砂をコントロールできる量)を大きく上回ることで被害を大きくしています。つまり出てくる土砂の量を推定することがかなり難しいことを示しており、ハードを入れる基礎的な前提が成り立っていない事実を示しています。砂防イコール安全というイメージだけが先行し、危険なところに人を呼び込み災害ポテンシャルを大きくしていることを重視すべきです。

 今回の岡谷湊地区災害は、極めて多量な降雨があったことが最大の原因ですが、他の地区を含めた全体で大小あわせて約100ヶ所くらいの土砂流出があったということです。この中で災害が起きた場所は限られています。つまり土地利用が多くされていたところが災害につながり、利用されていない場所は単なる自然現象で終わっているということです。勿論、森林整備、山腹山頂付近の開発など防災上考えなければいけないことは多々あります。しかし、何よりも重要なことは、危険地帯での流出土砂量と砂防ダムなどの土砂調節量の関係が曖昧であることに加え、砂防達成率が低い現実をどの様に考えるかと言うことです。

 現県政は、この様なことを繰り返さないために「信州・長野県における土砂災害対策のあり方」と言う砂防ダムの脱ダム宣言ともいえる通達を出しました。内容は<ハードになるべく頼らない>、<ハードに頼る計画を見直す>、<ハードに頼る意識を変える>、という本来ならば当たり前のまともな方法を全国を先駆けて行おうとしています。今までの政策が、こういった方針を出せなかった事こそ大問題ととらえるべきです。

 また、同様に国も土砂災害防止法を施行(2002年)しました。この背景には中山間地や山麓域への開発が多く進められ、結果的に土砂災害にさらされる箇所が爆発的に増えてきたことがあげられます。ハード対策によって安全を確保する流れから、適切な土地利用、開発への規制を今まで以上に進めなければ災害を減らすことができないという流れに至ったわけです。その第一歩が警戒区域の指定につながっています。

 この長野県の動きに逆らおうとしていたのが国交省関連の一部や多くの市町村の首長達と県議達です。今回の古い考え方の人達も、悪い砂防行政の流れをつくってきた張本人ではなかったのでしょうか?
 先日の松本の討論会では、「国の補助金のついた仕事(砂防、ダムなど)を積極的に利用し、また県の借金も20%(起債制限比率、一般財源に占める借金返済額の割合)以下で増やしていきましょう」などと繰り返し述べていました。実は砂防事業費は結果的に90数%が国からの補助金になります。従って砂防予算を減らしたとしても県の財政を節約することにはならないのですが(国の財政をひっ迫させていることには変わりはない)、その事を良しとして、あたかもハードの実施が防災の柱となるような考え方を植え付けてきた結果が、今日の様な悪循環状態をつくり出しているわけです。

 今必要なことは、上記の県や国の方針の理念を具体的に進めることです。これからの防災は、危ないところの土地利用に制限を設け、段階的に撤退していくことが大切になります。あまりにも危険なところに数多く進出しすぎた現状から脱出することは容易ではありませんが、ハードで対応するよりは現実性があります。ただし、災害などの応急緊急処置に必要なものなどがありますから、すべての砂防事業を否定するのではなく、今後の方向性を明確に位置づけ、財政面、危険性、効果などを考慮した優先順位を決めることも必要です。

 補う方法としてソフト面、例えば防災マップの普及、避難態勢の確立、防災の考え方を都市計画や町づくり計画の中に入れるなどを充実させていくことです。特に計画を立てる段階で、危険地域の住民を含めた多くの人々が参加するよう働きかけることが大切です。

 なお現状をすぐ解決できない以上、避難態勢の確立や災害時のケアーを充実させることがなによりも必要になります。

 人災を減らすことで最も必要なことは、住民一人一人が自分たちの住んでいるところの危険性を十分に理解し、土砂災害の前兆現象を迅速にとらえることが必要です。早めに避難できた人だけが助かったという事実が全てを物語っています。

 今までのようなお願い型の防災意識では、お願いした段階で、あるいは砂防ダム等ができた段階ですべてが終わってしまいます。本当は危険性が継続しており、砂防の問題点が見えにくくなっているだけです。

今回の県の対応は、この意味からいっても決して非難されるものではありません。今までの防災に関する考え方を改めることこそ、今最も必要なことなのです。

2006年8月 渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える

田口

注) 現県政 ・・・ 2006年8月時点=知事 田中康夫氏