おかしな霞沢砂防ダム建設

渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える 田口康夫

 霞沢川は、霞沢岳から急傾斜で流れ下り奈川渡集落下部に左岸から梓川に合流する。この川は比較的短く車止めから1〜2時間ほど歩けば美しい谷核心部(写真1、2)にたどり着ける。そこから更に数時間歩いた谷の奥には霞沢岳の大岩壁がそそり立ち岩登人たちの隠れたメッカにもなっている。


写真1 美しい核心部            写真2 岩とコケのバランスがきれいだ

 多くの人は上高地の玄関口である沢渡近くにこの沢があることを知らないが、松本では簡単に入れる渓流遊びができる谷の一つである。この谷には既に20m級砂防ダム2基、10m級1基と取水工がある。国交省はこれらでは足りないとまたもや砂防ダムを造ろうとしている。しかも残り少ないこの谷の最も美しい場所にである。現在ダムサイトまでの工事用道路が造られつつある(写真3、4)。

 
写真3 工事用道路の崩落防止用ネット      写真4 小沢の崩落防止用ネット

 元々急斜面への道路建設のため開削斜面から土砂が押し出し絶えず道を塞ぐ。工事用道路を造ることで、かえって土砂の供給を加速しているおかしな工事である。右の写真5 は工事用道路が川に突っ込む場所で行なわれている治山工事現場(中部森林管理署)であるが、この現場は過去に2回この様な山腹工を設置したのだが、いずれも1、2年後に崩れ落ちている(写真6)。谷スジの山腹斜面は、風雨・風雪・凍結などの風化によって絶えず崩れる方向に力が働いている。この崩れを辛うじて止めているのは斜面の樹木であるが、これとて根より深い部分で滑べったり、縦方向に亀裂が入っていけば崩れる場合もある。


写真5 治山工事 09年

 一度崩れが始まれば中々止めることが難しく、もろい部分が最後まで崩れてしまわないと、つまりしっかりした岩盤まで達しない限り止まらない。この山腹工工事のような場所はどんな谷でも多く見られ、この谷でも上流側には沢山ある。崩れるところまで崩れれば表土の移動が少なくなり、自然に緑化が始まる。ただし崩れと自然緑化の間隔は、条件にもよるが数年から数十年と長く、崩れ面だけが強調される傾向があるためこの様な工事が行なわれてしまう。もしこの場所を工事しなければならないという理屈が成り立てば、ここから上流にはもっとすごい崩れ箇所が沢山ある。それらもやるというのだろうか?山腹斜面の地形を詳しく観察すると、以前崩れたと思われるところがしっかりと緑化している場所がほとんどである。谷ができるということは、山腹からの土砂流出があってこそ成り立つ自然現象であるのだが。問題は流出した土砂が人の生活に害を与えるかである。このことに関しては最後の方で書きたい。


写真6 前回の崩れ 05年

 話を元に戻そう。工事用道路は更に川の中に延び(写真7、8)、目的地であるこの谷の最も美しい場所まで到達するということだ。当然ダムサイトは大きく改変される、国交省の環境のことなどあまり考えないやり方だが、県も市も「どうぞやって下さい」と積極的に申し上げているそうだ。


写真7 渓床に建設された工事用道路    写真8 渓床に建設中の工事用道路

 ちなみに前述した治山工事近辺の幾つかの崩れは、写真9の下中央の木立中に、昭和37年に造られた20m級の砂防ダムがある。これにより本来の河床よりもダムの高さ分だけ高いところを水が流れるようになり、崩れを誘発させた可能性がたかい。写真9の左上にある崩れはその典型である。砂防ダムは一見流出土砂をコントロールしているように見えるが、崩れが自然現象である山中では人為的工作物がかえってその量を増やしてしまうこともある。   


写真9 ダムによる崩れ

 それでは今回建設される砂防ダムの目的は何なのか、次のような理由からだという。それは霞沢から出る土砂によって霞沢との合流点前後、梓川の河床が上がり沢渡集落や駐車場などの施設が危いという理由だそうだ。いやはや、おかしなことを言うものだ。この合流点には帯工※1(落差工かも)が建設されており築20年以上は過ぎている。河床が上がるというのならこの帯工は土砂の下になっていなくてはならないのだが20年以上健在である。この帯工から下流、つまり梓川がダム湖へ流れ込む付近から上流とこの帯工間は当然ながら河床が上がる。原因は奈川渡ダムのバックウオターである。川の流れがダム湖に流入すると、急激に流速が0に近くなり流れが運んできた土砂を堆積させる。この堆積は流れ込みの上流へと徐々に増え続け伸びていくので、防ぐことのできないダム作用の宿命である。もしこのことによる河床上昇を無くしたいならば、

@ダム水位を下げる(水位を下げると川の流れが土砂をもっと先まで運んでくれる)
A浚渫(堆積土砂を取り除く)する
B上流から来る土砂を全て止める

の三つしかない。実際、奈川渡ダム建設以来現在までAの浚渫をやり続けている(ダムの堆砂寿命を延ばすため)。Bは不可能であるし@はダムの問題を認めることでやりたくないだろう。ただいえることは、現状の河床高で危険であるということはないのである。もし沢渡集落が危ないというならば河床上昇では説明が付かないはずである。

 川の土砂移動の問題では、中流、下流、海岸線では上流からの土砂供給が足りなくて生じる問題が多発している。このことを考えると、本来ならばもっと積極的に土砂を流さなければならないのだが、今回の問題を考えると奈川渡ダムが全てのネックということが浮かび上がってしまう。本当は災害防止ではなく、奈川渡ダムの堆砂寿命を延ばすことが狙いではないのか!土砂災害にかこつけて砂防ダムを造りたいとは、おかしな方法を編み出したものである。いやはやあぶないあぶない!

 こんな理由で美しい渓流景観を壊されてはたまったものではない。今回のダム計画ではオープン型のダムを考えているそうだ。開放型砂防ダムは、一度に沢山の土石流が出た場合、継続的にコントロール効率を高く維持できるメリットがあるといわれている。であるならば建設根拠に大きな土石流が出た場合、危険な場所がなければならない。ここの場合コンクリート会社とそば屋の2軒が対象と思われるが、川よりはかなり高台にある。本当に危ないと考えるならば河床を下げる対策が最も有効であり@Aがお勧めである。防護壁も可能かもしれない。ただしコンクリート会社は川の水衝部にあり本来ならば移転(援助したとしても)させた方がよい場所かも知れないし、その方が費用もかからないし、人命の尊重にもなる。ハード万能だけでは災害を防げないとの考え方は国交省すら認めているのだが。しかも既存砂防ダムが3基ほどあるのだから、このダムのスリット型への改修をすれば、新設に比べ費用もかからず環境にもよい。何でお金のかかる問題の多いダム新設を進めたいのか、もう皆さんはお分かりでしょう?

 日本中でこんなことがまかり通っているのだが、この様な馬鹿なことに使うお金を他の分野、医療、福祉、教育、年金、失業問題などなどに回るようにしなくては日本人の幸せは永遠に来ないような気がする。長い間1党に任せてきた付けが大きくのしかかっている昨今、次の選挙には私たちの声が反映されやすい変革の機会をつくる政権交代の習慣を確立させたいものである。

 霞沢砂防ダム、島々谷川6号砂防ダム建設を何としても止めたい。これが地元松本市での当面の運動課題だ。


帯工※1

河床高を一定に保つため河床と同じレベルに入れる横断構造物、供給土砂が少ないと落差が生じ、多いと埋まる