既存ダムのスリット化

飯豊山系既存砂防ダム改修視察簡単報告

渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える 田口康夫

 2008年6月9、10日と飯豊山系荒川流域(山形県小国町)にある既存砂防ダムのスリット化改修(写真06、21、24)の現場を飯豊山系砂防事務所(国交省)の案内で見学してきた。

 飯豊山系砂防事務所は全国に先駆けて既存ダムのスリット化を行ったところである。

 今回の見学の目的は、今まで私たちが言い続けてきた「既存ダムのスリット(オープン)化」をすれば土砂調節量(土砂量をコントロールする機能)を大幅に増やすことができるので、同じ大きさ、同じ条件の場合は、1基のスリット化が7基前後のクローズ型ダムの新設に等しい効果が得られる。従って環境を壊す新規のダム建設よりは環境面、財政面、防災効率を上げるなどの優れた効果を期待でき、その実態を確かめたかったからである。

 飯豊山系には既に173基もの砂防ダム(治山ダムは含まれない)が造られており、その内21基のダムがスリット型に改修されている。この砂防事務所がスリット化をやり始めた最初の理由は、ダムによる水の悪臭・汚濁をなくすためであったという。

 普通、砂防ダムができれば数年で満砂状態となるが、土砂流出の少ない川に造られた場合は洪水時水が溜まり開口部の穴が流木などで詰まり、水が常時溜まる貯水ダム状態になる。いったん水が溜まると川から流れ込む流速が一気に減少し、洪水時に流されてくる枝葉・細粒有機物などが沈殿する。溜まった水は水温が低く底部は酸素が少なくなり、分解者である水生昆虫なども生息できなくなり、嫌気性(酸素を使わない分解)の腐敗が進み悪臭や汚濁が長期的に続くようになる。結果的には大き過ぎるダムを造ったことが原因であるが、そのへんの反省はないようだった。


・写真06,21

 スリットの高さは、底部に近いものから天端(上部面)から数mくらいのものまであり、スリット深さを決める基準は水の溜まっていた時のおおよその底面の高さになっている。スリット幅は2mのものがほとんどだが3mのものもある。しかしスリット幅2mにおいても詰まりを解消することは難しくメンテナンスが必要であるとの事。もっとスリット幅を広げることも考えるべきかと思う。


写真06 内川第二砂防ダム


写真21 内川砂防堰


・写真09、15

 ダム上流側は、スリットの深さまでは土砂が溜まっておらず土砂調節量を確保していることが分かる。
 2箇所の鉄枠は、スリット改修を行う前に水抜き穴が詰まることを防ぐため施されたものだが、見てのとおり枝葉や土砂で完全に詰まっておりあまり役だたなかったとのこと。渓流においては土砂、流木、枝葉などの生産元は無くならないということである。
 写真15のスリット近辺のコンクリートの色が変わっているのは、初期の工事ではワイヤーソー(ワイヤ式カッター)を使わず、ハツった後ハツリ面にコンクリートを盛ったとの事だった。費用は安いが小さなひび割れが内部に広がりよい工法とはいえないようである。


写真09 内川第二砂防ダム穴被い枠


写真15 内川砂防堰堤


・写真16、22、24、25

 スリットを深く入れれば下流側の魚道(16、22)は機能しやすくなるが、浅い場合は24、25のようにわけの分からない機能しにくいものになってしまう。


写真16 内川砂防堰堤下側.


写真22 イワナ沢砂防堰堤


写真24 玉川第一砂防ダム


写真25 玉川第一砂防ダム魚道取入れ口


・写真49

 水のたまっていないダムはスリット改修の対象にはならない。変てこな魚道だけは付いていた。


・写真54、56

 どこの県にも暗渠型砂防ダムがあるが、ここの場合は写真56の右側にあるように、ダム上流側に何処からか土砂を大量に運び盛土平地を造成していた。本来の川幅の半分弱くらいを埋め立てたこの行為は、元々川の持つ遊砂地をつぶし土砂調節機能を落としている。こんなことをしながら砂防ダムを造ることがまかりとおってことがおかしい。写真56の奥(左岸)の水制工も岸壁にぶつかるところには必要がないが(崩れる心配がないから)、盛土平地を守るために造られていた。


写真54 玉川水制群


写真56 玉川スーパー暗渠砂防堰堤


・写真42

 昔河床だった段丘上の湿地でモリアオガエルの産卵がみられた。ほっとした一時だった。


写真42 温身平モリアオガエル産卵


・写真32

 ここでは砂防ダムを滝と称しており、珍しい地域である。


写真32 砂防ダムを滝と称していた


 今後の課題は、今回の既存ダムのスリット化への改修が結果的に土砂調節量の増加につながっていることははっきりしたが、砂防事務所の方ではこのことを積極的に評価していないところがあった。私たちとしては、スリットを深くすることが川の連続性を復活しやすくすることと、土砂調節量を増やすことにつながることをもっと積極的に評価し、各地域で提案していくことが必要だと感じた。なおスリット化の費用は数百万〜千万円で可能であるため、ダム新設よりははるかに安いことが分かり、普及根拠も説得力のあるものになることは確かである。
 ちなみに他県ではなかなか既存ダムのスリット化が進んでいないことを知ってもらいたい。

 最後に今回案内していただいた飯豊山系砂防事務所の皆さんに感謝いたします。
なお、この報告が各地域のみなさんに役立つことを期待します。

詳しく知りたい人は飯豊砂防事務所のホームページをご覧ください。
http://www.hrr.mlit.go.jp/iide/