くま川水系緑のダム再生ネットワーク 松葉孝博(熊本県在住)
日本三大急流の一つに数えられる熊本県の1級河川、球磨川の支流に川辺川があります。支流とはいえ本川ではないかと思えるほどの規模で、かつて水質日本一になったことや良質の尺鮎が獲れることでも知られています。上流部の渓は、戦後の一斉拡大造林により森林の7割程が人工林となっているものの美しい渓相の源流部を見ることが出来ます。
その川辺川にも、他の河川同様若しくはそれ以上に国土交通省、森林管理所、熊本県等により多数の砂防ダム、治山ダムが設置されています。堰堤高が25メートルもある巨大なものから3メートル程の小規模なものまで無数にありますが、その総数を把握している者はありません。渓に入ると十数基の砂防ダムが連続していたり、どうやって資材を運んだのかと驚くほどの奥地や、立派な搬入路の先に砂防ダムが造られていたりしています。砂防ダムの目的は土砂災害防止が主なものですが、その効果に疑問が感じられることは他の流域と同様です。
その複数の設置者の中でも、国土交通省により川辺川には約230基の砂防ダム計画があり、その大半が国交省が計画する川辺川ダム上流のものです。川辺川ダムは1966年に計画された堤高が107.5mある九州でも最大規模となる治水(洪水防止)、利水(かんがい・農業用水)、発電のための多目的ダムですが、建設反対の声も根強く、先の総選挙では民主党はマニフェストの一つに「川辺川ダム建設中止」を掲げています。建設の是非を巡っては、治水、環境を主なテーマに公開で国土交通省と建設反対住民が討論をする県民討論集会が熊本県の主導でこれまで9回行われ、毎回千人から3千人程の参加者があるなど、熊本県内でも住民の大きな関心事となっているところです。
計画砂防ダム230基のうち、平成13年度までに砂防ダム91基等が完成していますが、川辺川ダム本体着工が繰り越された時期から新規の完成は見られません。国交省は砂防計画の目的を「直接的な土砂災害防止」と「下流河川の河状安定等」としていて、川辺川ダムへの堆砂防止については、その砂防ダムの堆砂防止量はダム計画で見込むが、直接の目的ではないとしています。砂防事業と川辺川ダム事業を、国交省の「川辺川ダム砂防事業所」が行っており、同一事業主体が一方の事業の効果だけを見込みかつ直接の目的ではない、と主張しています。
しかし、ダムへの堆砂がダムのアキレス腱であり、砂防ダムに堆砂防止効果があることは素人でも想像がつきます。河川工学者など専門家からも「砂防ダムのすぐ下に巨大ダムがあれば『ダムのためのダム』と言わざるを得ない」との意見が聞かれます。多くの砂防ダムについては土砂災害防止効果に疑問が持たれるものの、我々には砂防ダムの効果を評価する術に乏しいのが現状ですが、上記のように川辺川における砂防ダムについては、その設置目的に疑問がありその疑問を追求していきたいと思っています。
ダム問題については多くの住民が疑問を持つ事となっているものの、砂防ダムについては、その存在を知らない人々も多くまだまだ一般的な関心事となっていません。川辺川ダムが中止となった場合に砂防事業に事業量を求めることも懸念されます。川辺川ダム問題と併せて砂防ダムについても問題提起していきたいと思っています。
また、熊本では昨年7月20日に県南部で局地的な豪雨に見舞われ、水俣市において土石流により19名の死者が出ました。山腹斜面が崩壊し直径2m程の大岩を含む5万から10万立米の土石流が谷川を下り集落を襲ったものでした。家屋が跡形もなく流され、3基あった治山ダムはいずれも上部がもぎ取られるなど被災地の惨状は凄まじいものでした。その土石流の原因の一つに、間伐の遅れた人工林があるのではないかと指摘されています。間伐の遅れによりもやし林となった人工林の根の呪縛力が低下していたことにより小崩落が起き、その小崩落が引き金となりバランスを崩した山腹斜面が大きく崩れたというものです。大崩落については地形・地質が主要因であり、植生による要因を否定する意見もあるものの、専門家や現地を視察した市民の多くからも小崩落、大崩落ともに成長の悪いもやし林が要因ではないかとの意見が出されています。
植林されたものの手入れが行き届かずもやし林となった人工林を背後にもつ集落は、いたるところで見られます。全国で18万箇所とも言われる急傾斜地崩壊危険地域の全てに砂防ダム、治山ダムなどの構造物を造ることは現実的ではなく、もやし林を間伐し広葉樹との混交林化することや緊急避難態勢の構築などのソフトによる体制作りが急務と考えられます。