砂防ダム間題と渓流環境

田口 康夫

 川を下流から遡っていくと、まるで山間の渓流を塞ぐかのように、いたる所に砂防ダムが建設されている。長年造られ続けてきた砂防ダムなどが、渓流の景観や生態系を蝕んでおり、取り返しのつかないところまで来つつある。ここでは砂防の現状と問題点を理解し、源頭部から海岸までを視野に入れた総合的対策について考えていく。

・渓流の現状
 砂防施設には砂防ダムの他に急傾斜地や地滑り地帯に崩れや滑りを防止するためのものも含まれる(山腹工、法枠工、水抜き井など)0国が示す全国土砂災害危険個所は約17万8千、うち土石流危険渓流は約8万(98年現)、これら全てに単体から複数以上の砂防施設が造られることとなる。砂防ダムの例では北アルプス安曇野(長野県)に流れ出る中房川、烏川では20〜30基が既に造られており、槍ヶ岳からの高瀬川水系では160基(35基完成)が、熊本県川辺川ダム建設予定地上流域では実に230基(89基完成)などの建設が予定されている。全国で砂防ダムの無い渓流を探す事の方が難しくなっているのが現状である。

・具体的な問題点
このような状況の中で砂防ダムや貯水ダムなどで長年土砂が止められることで様々な問
題が肴呈しつつある。以下にそれを述べていく。

1.海岸侵食
 砂防ダム、貯水ダヰの無かった明治初期に比べ海岸線が多いところで1・5kmも後退している。全国で年間170hr(甲子園球場の160倍)が失われている(海岸とつきあう、小池一之、岩波書店)。かって海岸線は川からの土砂が供給されることで維持されてきたが、砂防ダムや貯水ダム建設によって、それまで海に達していた土砂は沿岸まで届かなくなった。その結果、打ちつける波や海流によって海岸は削られる一方となっている。
土砂供給と侵食とのバランスが大きく崩れてしまったのである。国はこの防止策に何十兆円もの予算を投じ続けている。かっての美しい砂掛ま消波ブロックだらけで見る影もない。

2.礫焼け
 森林からの適正な成分がダムや砂防ダムによって沈殿、濾過されたり有機物を分解する水生昆虫などの生態系が壊されることにより養分を含む水が海まで十分に達しなくなることが指摘されている。その結果海にどのような変化をもたらしたかといえば、海藻などが死滅する磯焼けである。ダム開発に依存しすぎることにより森林整備を怠ってきた事もその原因の一つであろう。森林破壊は貯水ダムと砂防ダム建設に密接に関係している。また排砂式ダムが放出するヘドロが河口に流れ込むことになれば事態はより深刻となる。それぞれが海の生物に悪影響を与えている。

3.骨材(セメントに混ぜる小石や砂)の不足
 ダムや砂防ダムによる貯砂機能によって、源頭部から下流への土砂供給が止まり、中下流域での骨材利用ができなくなっている。不足分は山を削る、海底を振る、田畑を掘り返すといった行為、また諸外国からの輸入で補うため様々な問題を発生させている。コンクリートの廃材の再利用を含め、ダム、砂防ダム浚渫と土砂利用、既存砂防ダムのオープン型への改修などで土砂の自然流出を積極的に考える時期に来ているといえるだろう。

4.河床低下
 上流からの土砂供給が止まることで河床が低下し、護岸や橋桁などの基礎部が洗堀され災害につながっている。またこれらを防止するため落差工や帯工(川への横断構造物)が数多く造られ、魚類などの移動を阻害している。魚道設置で解決できると思われがちだが機能しないものが多く莫大な費用が掛る事を忘れてはならない。(魚道だけで数億円かかるものもある)

5.貯水ダムの堆砂
 ダムへの堆砂が当初の見込みよりも早く進み、ダム機能が脅かされている。このため土砂流入を遅らせる処置として砂防ダムを作り続けることになるが、それは財政、土砂管理技術、環境保護などの面から見てもかなり難しくなっており、また砂防ダムが満砂する事を考慮すれば、解決策になり得ないことは自明の理である。なお治水をダムだけに頼ることから山林の育成、整備の必要性がおろそかになっている事も見逃してはならない

6.自然環境と砂防ダム工事
 渓流の誕生は造山運動や火山によって持ち上がった大地が風雨などの作用によって万年の桁で侵食され続けた結果できたものであり、これからも変化(土砂を出し)し続ける。この造形は計り知れない景観の美しさ、および長い年月の間に繰り返される洪水や土石流等による破壊と再生、そして森林に育まれる事によって渓流特有な原生的生態系を存在さ
せている。
 また渓谷は日本人の好む山水画の様な場所を今でも留めている。人が近寄りがたい険しさや不便さがイヌワシ、ヤマセミ、イワナ、サンシヨウウオ、そして多くの水生昆虫、植物など中下流域では見られない生物を生息させている。
 このような場所への砂防ダム建設は渓流の連続性を遮断し美渓や連続した淵、落ち込み、瀬などを埋め渓流形態の多様性を失わせている。そしてこれらに依存している多くの生き物に致命的な影響を及ぼしている。生物の多様性は自然現象である土石流などの破壊に対する復元力の鍵となるが、砂防ダム建設による渓流環境破壊は自然変動を遺伝子の中に取り込んで進化してきた渓流の生き物にとって対応できないものになっている。

7.魚道問題
 魚類の生息環境考慮への対応として砂防ダムに魚道を設置すれば問題が解決するかのごとく思われているが実際はそうではない。それは今までのような遡上率の悪い魚道を含め、ダムが数基から数十基ある渓においては深刻な状況をもたらす。仮に10尾に1尾が遡上できたと仮定しても(通常砂防ダムでの遡上率はこんなに良くはない)例えば7基目のダムを通過できる魚は1/10の7乗となり1千万尾のうち1尾でしかない計算になる。実質的には無いも同然になってしまう。更に渓の分断化は魚類の上下流の交流が無くなるため近親交配が進み遺伝的多様性が失われ絶滅の危険性が高くなる。実際、北大農学部付属演習林の山本祥一郎さんの研究によると北海道渡り鳥半島を流れる川の約50の砂防ダムを調査した結果、このうち1/3の砂防ダム上流でイワナやサクラマス等が姿をけしていた事が分かったという。
 また6カ所のダム上下流それぞれのイワナのDNAの塩基配列を調べた結果、遺伝子の多様度を表す対立遺伝子の数は上流が下流に比べ54%も減少しており、さらに遺伝的多様性の高さを示す対立遺伝子の接合度は同(ホモ)型接合している割合が上流は下流に比べ70%と高かったという。
 また水産庁中央水産研究所内水面利用部(長野県上田市)井口恵一郎さんらは小海町の親沢で滝などで分断された千個体の塩基多様度を調べた結果、信濃川(新潟、長野)のアユの平均値3%の30分の1もない0.1%であることが分かったという。
 つまり両研究から分かることは、上流は下流に比べ遺伝的多様性が明らかに低下していることを示し、砂防ダムなど流れを遮断する構造物によって生物が絶滅の危機にさらされていることを示しているのである

8.狭窄番への砂防ダム建設
 近年ダム強度を得るために山奥の岩盤のしっかりした狭まった場所に堤高の高いダムが造られる傾向が多い。皮肉にもこうゆう場所が最も美しいところになっている。
 林野庁「治山施設被害原因調査報告書」によると1964年から4年間に全国で769基の治山(砂防)ダムが壊れていて、古いダムほど被災し易いという。
 コンクリートの寿命は70〜100年といわれ、「ダムを大きくすればするほど水や土石流の力を受けやすく危険性も増す」(低ダム群工法、北大、東三船指摘する声もある。原因はコンクリート内部や外部からの潜在的化学反応や物理的外力であり宿命的なものだと言われており、今後寿命を迎える大きなダムが壊れれば、それだけで災害につながってしまう。
 これに対し土石流エネルギーの小さくなる谷の出口付近、または拡幅部に堤高の低い(1mくらい)ダム群を建設することによる対応で効果を上げられると言う。(低ダム群工法)このことは土砂生産場所を推定することが難しい今日の技術水準においても有効である。
 砂防ダムは土砂生産場所が特定できないまま建設されている場合も多く見られ、砂防ダム下流部で土砂の崩落などが発生した場合、何の機能も果たさないこともままある。
 ところが谷の出口付近での低ダム群工法なら土砂災害を防止し易くなるわけだ(流域で生産された土砂は必ず谷の出口を通過して中流部へと移動するため)。またこの工法は渓流生態系に対しても負荷をかけにくく対処がし易い事も特徴のひとつといえるだろう。

 また渓の中には蛇行部、狭窄部、拡幅部が数多く存在し、蛇行部の内側、狭窄部の手前 上流側、拡幅部の中など、それぞれ土砂が堆積しやすい場所があり、自然に流出土砂の調節が行われている。しかし行政側はこれらの堆積土砂を不安定土砂として位置づけることにより、砂防ダムを入れる根拠としているているが、このような調節機能は砂防ダムの其れと何ら変わりないはずであり、この機能を見直す必要がある。
 最近取り入れられているオープン式砂防ダムの考え方は、渓流内の土砂調節機能と殆ど同じものといえよう。

9.砂防建設の根拠と問題
 砂防は住民の生命財産や公の道路、橋等の施設を守るために施工される。従って何時(どんな時)どの辺から、どの位の土砂量が出てくるのか、どのあたりが危ないのかが分かって始めて対策が立てられる。裏を返せばこれらがはっきりしない場合はかなり曖昧な安全性となる。
 砂防にはおうまかにいって、源頭部から河口に至る水系全体について土砂前席を行う「水系砂防」と山間地や小さな谷の出口付近にある人家、または何らかの施設など特定の対象を守る「地先砂防」とがある。なお両者が混在している場合も多々ある。
 ダムの規模や位置を決めるのには一定期間内に山から流出してくる土砂量のうち、海岸や下流域の維持の為に流下させなければならない土砂量等を見積もり、これらの差を算定し、砂防施設や山腹緑化などを通じて減少させることが水系砂防の考え方である。しかし各種の土砂量の算定は必ずしも対象とする現場を詳しく調べて決めるのではなく、過去の災害や土砂流出の統計を含め、地質や流域の広さによって推定される。つまり流域平均を元にした土砂量が、あくまで推沸によって決定されることとなる。従って建設場所と規模決定の最大の根拠が土砂生産場所とその土砂量ではなく、ただ単にダムを造りやすい場所、つまり谷の狭まった岩壁帯が選ばれてしまう。
 例えば長野県小谷村蒲原沢(96年12月、 死者14名、ダム総貯砂量1万5千立方m、流出土砂量10万立方m、本体工費1億5千万円)。
 鹿児島県出水市針原川(97年7月、死者21名、総貯砂量2万2千立方m、流出土砂量20万立方m、本体工費3億4千万円)等の土石流災害はダム貯砂量を大きく上回る土砂が洗出した。これらは流域平均からの推定量が実際の生産場所や流出量とは大きく異なることを的確に示すと同時に、流出量の予測がいかに難しいかをも表している。
 ところが秋田県鹿角市八幡平登川温泉の場合(97年)は、流出土砂量200万立方mと大きかったにもかかわらず、死者はでておらず、住民のダムに頼らない危機管理、安全管理が上手く働いたことを示している。そして前出のケースはダム建設が人々の危機意識を低下させたことをも示している。
 また下流に流さなければならない土砂量の算出も、河床低下や大幅な海岸線侵食などに対してどの程度にしたらよいのか、殆ど調べられていない。国土交通省河川審議会がまとめた「流砂系の総合的土砂管理に向けて」では流砂系での土砂移動の量、質、予測の精度を上げるためのモニタリングを含めた研究を推進する必要性を提起しており、今まで行わ
れてきた「水系砂防」の基本的な不備を補おうとしている。
 まち土石流の通り道にわざわざ公の施設を造り砂防を入れるやり方が全国至る所で見られるが、最近は法改正(土地利用規制など)も含め国土交通省の方針としても受け入れがたい流れになっている事も付け加えておく。

 今まで述べてきたこと事から、砂防ダム建設による防災にはかなり明確な限界があると考えた方がよい。
 そして国が示す全国土石流危険渓流数は約8万、普通1渓流に複数以上のダムが入るが14m級ダムを1基づつ入れただけでも数十兆円、複数で考えれば数百兆円になっても不思議ではない。まさに際限のない税金使いとなってしまう。
 砂防工事だけで安全を確保しようと考えれば莫大な費用と時間がかかり、人々の砂防に対する過信は被害を拡大することとなる。また工事に伴う環境破壊は絶えずついて回る。
 今まで述べた様な問題が解決するみとうしが無い限りハード面に頼るよりは土砂がでることを前提とした対策の方が様々な面で無理のないものになるだろう。
 これからは当然土砂災害危険地帯への危険であるという情報(ハザードマップ)を積極的に公表し、危険地帯の土地利用規制、移転、などを前掟として、避難態勢の確立、自己責任、受益者負担(現在は都会の人々が危険地帯に進出する人々のリスクを負担している)などの考え方も取り入れていく必要があるだろう。
 今まで述べてきたように、源頭部から河口までの間で起きている現象や問題は全体を視野に入れた対応を考えなければ解決できない所まで来ている。まずは地域の住民が問題提起をし国民的議論を起こしていくことが必要だろう。そして正常な土砂の移動と渓凍秦境を考えれば、これ以上のダムの新設を止め、既存ダムのオープン型(クローズダムに比べ土砂調節機能が8倍程高い)への改修から始めるべきではないだろうか。
 この改修は渓流環境の復元にもつながり、また流れの連続性という点から見ても、落差が少ない分、機能しやすい魚道が造れるはず、1基のオープン型への改修は同じ大きさの8〜9基分のクローズダム新設を防止する事につながるからである。
 そして将来、渓流環境を守るため、住民の合意によるダム撤廃の時代が来ることを切に願う。

砂防ダムいらない?渓流保護ネットワーク  田口康夫


※本資料は、第3回渓流保護シンポジウムの資料集をOCRソフト(読んde!!ココ)で認識したものです。
  認識の誤りによる誤字等があるかも知れませんのでご了承ください。  (渓流保護ネットワーク 吉沢)