第2回 渓流保護シンポジウム

基調講演 「渓流環境と砂防ダム問題

小野 有五 (北海道大学・大学院・地球環境科学研究科教授;
北海道の森と川を語る会代表)

1 河川をめぐる環境問題

 渓流に限らず、日本の河川すべてについて、いま何が問題なのかをはじめにお話ししたいと思います。これまで、日本の河川は、治水・利水だけで管理されてきました。ようやく、1997年に河川法が改正され、第一条で、「河川環境そのものの保全」ということがうたわれるようになりましたが、依然として環境は、治水・利水という目的をすべて満たしたあとのこと」と考えられているようです。河川行政にたずさわる人間のなかにはそのような暗黙の了解があって、それでいいのだ、と思っている人がまだまだ多いようです。もちろん、治水・利水が重要なことは否定しません。しかし河川法が改正されたのは、これまでそのようにして環境のことを全く考えなかったり後回しにしてきた結果、日本列島の河川がいたるところでとんでもない状態になってしまったからでしょう。これからの議論では、まずこの事実を出発点にしたいと思います。

 2 砂防ダム間題を考えるために

 治水・利水を扱うだけでも以上のような問題があるのに、砂防ダムにはさらに大きな問題があります。というのは、砂防ダムがつくられるような場所は基本的になんらかの土砂災害が起きうるところであり、ダムをつくる側は安心してその必要性を強調できるからです。環境にどれほど悪い影響を与えても、「土石流を防ぐ」という大義名分で、これまでは一切が許されてきましたし、今でも、何かというとそれをふりまわす官僚や学者が大勢います。確かに、砂防ダムで防げる土石流もあるし、現実にそのおかげで助かった場所があることは事実です。けれども、これまでは砂防ダムのプラス面だけが強調されてきたと思います。現実にはそれを上回るマイナス面かもしれないがあるのに、それが正当に評価されてこなかったのです。ですから、砂防ダムをめぐる議論で今もっとも重要なことは、いるかいらないかの議論ではなく、まず、砂防ダムのもたらすプラス面とマイナス面を徹底して調べあげ、比較することではないでしょうか。そのうえにたって初めて、その砂防ダムをどうすべきかの議論ができると思います。ただ、建設側はプラス面の宣伝には熱心ですが、マイナス面についてはそれを調べるどころか、隠そうとすることさえあるのが現状です。リオ・デジャネイロの地球サミットで日本も批准した「環境問題についての情報公開・市民参加の原則」を私たちは徹底的に追求しなければなりません。

3 代替案の必要性

 このような検討を行った結果、砂防ダムのマイナス面がいかに大きいかがわかったとしても、建設側はかんたんには引き下がらないでしょう。また安全でありさえすれば、環境などうなってもいいという住民がいることも事実です。いずれの場合にも、私たちは何らかの代替案を示す必要があります。ほんらい、こうした代替案は、私たちの税金を使って計画を立てている建設側が準備して提示しなければならないのですが、とにかく自分たちが決めたものだけをつくりたい建設側はこういう面倒なことをしたがりませんし、たとえしたとしても、まじめに検討したとは思えないようなおかしな代替案しか提示してこないのが普通です。私たちとしては、できるかぎりの知恵をしぼって代替案を提示し、それによって建設側の出した計画の問題点を指摘しなければなりません。

 私たちが反対する砂防ダムの多くは、高い堤高をもった大規模な砂防ダムであることが多いでしょう。それに対しては、資料の1−2ページにしめしたような「低ダム群工法」がひとつの有力な代替案になりうることがあります。

「低ダム群工法」は北大におられた東 三郎博士によって考案されたもので、堤高の大きな砂防ダムの欠点をかなりの程度まで避けることができます。もちろん、低ダムなら全く問題がないとは限りませんが、堤高が大きいために起きるダム下流側での洗掘や、魚類の移動阻害、ダム上流側での河床上昇、それにともなう新たな河岸侵食の増大といった問題はかなり解決されるでしょう。

表1.石狩川の基本降水量の計算結果一覧一覧表(石狩大橋基準点) 北海道開発局1994による

No. 降雨パターン 実績降雨量
mm(3日)
引き伸ばし率 想定降雨量
mm(3日)
計算ピーク雨量
(m3/秒)
1981/8上旬 282.2 1.00 282.2 14400
1975/8 173.0 1.50 260 18000
1973/8 113.6 2.29 260 16400
1966/8 109.9 2.37 260 11400
1965/9中旬 107.0 2.43 260 12500
1962/8 133.0 1.96 260 17600
1961/7 151.5 1.72 260 16100

4 問題の解決に向けて

 砂防ダム問題に限らず、治水・利水と河川環境こ関わる問題を解決するには、これまでのように何かを絶対的に正しいとして議論を進めるのではなく、いくつかの代替案を提示し、充分な検討をしたうえで、もっとも適当と考えられる案を実施しながら、常にその効果や影響を調査・検討し、まずい点があればそれに応じてつくりかえていくという方法しかないように思われます。これは、順応的管理(Adaptive management)とよばれています。もちろん、ダムのように大きな施設では、いちどつくったダムを壊すのは容易でありませんから、実施案を決定するまでに充分な議論が必要なことは言うまでもありません。
 重要なのは、建設側に、これだけが絶対的に正しいと言わせないことです。資料の3ページ目は、中止された千歳川放水路計画とそのあとの合流点対策に関わるものですが、ここで建設側からどんなおかしい主張がなされているかについてはシンポジウムで詳しくお話ししましょう。いま問題になっている吉野川第十堰でも、また全国の多くのダムでも、石狩川と同じように、過大に見積もられた基本高水流量が大規模な建設計画を正当化し、それなくしては住民の安全は保障できないという「錦の御旗」に使われているのです。  砂防ダムでは逆に、想定されている流出土砂量を現実の土石流がはるかiこ上回ることがあるので、やや事情はちがいますが、やはり建設側が示す数字がいかに信頼できないものであるか、という点では全く変わりがありません。
 氾濫しても被害が起きない治水を、というのが最近の新しい治水のありかたになりつっあります。総合的治水とよばれるものです。土石流についても、それをむりやり押さえ込むのではなく、治山を重視して土砂生産そのものを抑制するとともに、危険な場所からはなるべく遠ざかる、そのための公共投資を優先する、という資勢が強く望まれます。


※本資料は、第2回渓流保護シンポジウムの資料集をOCRで認識したものです。
  認識の誤りによる誤字等があるかも知れませんのでご了承ください。  (渓流保護ネットワーク 吉沢)