砂防事業と環境アセスメント

富山県立大・短大部  高橋剛一郎

1 砂防事業の概要

 砂防工事をひとことでまとめれば,土砂の移動に伴って生じる直接的・間接的な災害を防止するためのエ事となる.土砂災害といえば土石流が代表的であるが,歴史的には海岸における飛砂対策が最初であった.また崖崩れへの対策も砂防のなかに含まれる.渓流における砂防という点では海岸砂防や崖崩れは直接には関係せず,山地源流部から渓流そのもので行われるエ事が閉篭となる.

 砂防工事の解説に入る前に.砂防工事がだれによって行われているかについて簡単にまとめておく.わが国ではこのようなエ事はすべて公共事業として行われている.具体的には建設省による砂防事業と農林水産省による治山事業である.これらの事業はそれぞれ砂防法と森林法に基づいている.ちなみに,この二つの法律は1897(明治30)年に制定されたもので.その前年に成立した河川法と合わせて治水三法と呼ばれている.砂防事業にあっては規模の大きい事業は国のが担当し.それ以外は都道府県が行う,治山事業については..国有林は国が,民有林は都道府県が担当する(表1)

表1 砂防工事の体制

砂防法
砂防事業
森林法
治山事業
河川法
河川事業
←(根拠となる法律)
←(事業名)


建設省
地方建設局下の
砂防工事事務所
農林水産省
営林署
治山課
建設省
地方建設局下の
工事事務所
→北海道と沖縄
  では開発庁




都道府県
土木部
砂防課など
都道府県
農地林務部
治山課など
都道府県
土木部
河川課など
→部局の名称は
  都道府県により
  異なる

省庁再編などにより,担当する部局の構成・名称等が変わる可能性がある

 一般的に"砂防"と呼ばれるものは砂防事業・エ事と治山事業一工事を総称する場合が多く.また実際に行われるエ事では雨着に共通する部分は多い,しかし,厳密には両者は上配のように区別されている・以下では.特に砂防事業・エ事の解説を行うものとする.

2 砂防計画の概要
2.1 水系砂防と地先砂防

 砂防工事の内容を具体的に解説する前段階として,まず水系砂防と地先砂防の違いについてふれておく.水系砂防とは,水系全体,すなわち源頭部から河口にいたる河川全体にわたって,河川の正常な機能を保全し,安全な環境の確保を図るよう,総合的に土砂の生産と流出の調整を行うことである.流域全体を見通して今後一定期間のうちに,斜面や河床近傍の土砂のうち河道や渓流に流入すると見込まれる土砂量(計画生産土砂量,以下の説明でこの土砂量をAとする),下流域へ流出すると見込まれる土砂量(計画流出土砂量),下流域へ流してよい,あるいは下流や海岸の維持のために流下させる必要のある土砂量(計画許容流砂量,同E)を見積り,計画流出土砂量と計画許容流砂量の差(計画超過土砂量,同P)を算定し,これを砂防施設の配置ならびに山腹緑化をつうじて減少させる,というのが水系砂防の流れである.これに対し.地先砂防とは特定の保全対象を土砂災害から守るためのエ事をさす.山間のなかの平地にある集落や小さな谷の出口にある人家を土砂災害から守るためのエ事である.

 水系砂防の考え方は砂防事業,特こ国直轄の事業において主流となっている.治山事業ではその目的から山地に対しての指向性が強く,土砂収支の考え方は直接的には強く意識されていない.ただし最終的には下流域の安定を目的としているため,下流域のことを意鼓していないということではないのはいうまでもない.地先砂防については,砂防事業.治山事業共に必要性に応じて対策がなされている.たとえば砂防事業についてみれば,土石流の発生する可能性が高く,その氾濫区域内に一定戸数以上の人家が関係する渓流を土石流危険渓流として指定し.整備することとしている(全国で約79300の渓流が指定されている[1990−1992調査]が,整備率は2割程度である[1996年時点】).また,堆積区域で洪水の氾濫防止や河岸洗掘防止のために設けられる流路エも,特に山間の狭い平坦地上の集落のなかを流れているような渓流ではとりわけ地先砂防の性格が強い.

2.2 水系砂防の基本的な流れ

 水系砂防では,まず対象とする流域全体にわたって上に配したような土砂量を算定しなければならない.それをもとに.各種土砂量の配分を行ない.ついで各種の砂防施設の計画が決められる.
 前者がいわば水系砂防における基本計画にあたる部分である.この原理は次のようである.最も単純なモデルとして,まったく砂防施設が入っていない状況を考慮すると

   E+P=A(1−α)

    α:河道の調節量を表す指数

となる.E,P,Aは上述の土砂量である.次に,この式の左辺にあるPをゼロにするように土砂量の調節(すなわち砂防施設によって調節)する量を勘案すると,このようになる.

   E=(A−B)(1−α)−C−D

    B:計画生産抑制土砂量
    C:計画流出抑制土砂量
    D:計画流出調節土砂量

すなわち,流域の特性(A,α)を知り,流域の自然的,社会的諸条件を考慮して許容流砂量(E)を設定し,これに見合うようにコントロールすべき量(B,C,D等)を決定するのが砂防計画策定の基本的な流れである.

 そして次に,ここで見積られた計画生産抑制土砂量,計画流出抑制土砂量,計画流出調節量に基づき.それぞれ土砂生産抑制計画,流出土砂抑制計画,流出土砂調節計画がたてられる.そしてこれらに基づいて砂防諸施設の設置場所,規模等に関する具休的な砂防施設計画が定められることになる.

3 砂防における環境への配慮(1990年代半ば以前)

 太平洋戦争直後から1960年代は国土の復興,経済発展が国民的な課題であるといってよく,砂防においてはとにかく土砂災害防止がほとんど至上命題であり,環境への配慮はなされてこなかった.1970年代に入り経済的に余裕がでてきた頃.建設省においても環境問題に対する問題意識の萌芽がみられたが,ごく一部での単発的な試みであったりしたため,技術的な未熟さのため,実効はほとんど皆無であったといえる.全国的に,そして目に見える形で砂防工事や河川工事で環境に対する配慮が行なわれ始めたのは1980年代未,あるいは1990年代に入ってからであろう.この時代を特徴づける動きをまとめてみれば次のようである.

1981(S56.12)『河川環境のあり方について』(河川審議会答申)
1980年代中頃ヨーロッパの近自然河川工法が日本に紹介される(愛媛県五十崎町)
1990(H2.11)「多自然型川づくり」の推進について建設省河川局通達
1991(H3)河川水辺の国勢調査,水と緑の渓流づくり調査
199=H3.5)「今後の河川整備は,いかにあるべきか」について(河川審議会答申)
1991(H3.11)『魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業』実施要綱発表(建設省)
1993環境基本法成立・施行
1994環境基本法に基づき環境基本計画が閣議決定.
1994(H6.1.13)環境政策大網について(建設省).渓流環境整備計画策定の通達
1996渓流再生事業,建設省(砂防)

4 砂防における環境アセスメント

1997年に環境影響評価法(環境アセスメント法)が制定された(施行は2年以内).しかし,この法律でアセスメントを行なう対象は,大規模な事業であったり環境への影響が大きいものとされていて,砂防工事は対象とされていない.しかし,砂防事業においても環境アセスメントの理念は活かされるべきであると考える.

 現在に至るまで砂防や治山において環境アセスメントは行われてはこなかった.その理由としては,砂防の分野ではアセスメントへの関心が薄かったこと,上述のように砂防事業は一般に小規模であることなどが考えられる.しかしながら建設省は環境政策大網においてはアセスメントの理念を実践するよううたっている.たとえば,計画段階における調査・検討の充実の項では『公共事業の構想・計画段階においては,環境面を含めた十分な調査,環境への影響の防止のための対策の検討等を行い,総合的にみて最適な事業計画の作成が行えるよう,最新の知見により,計画段階における調査・検討を充実する』とされている.

 環境アセスメントの望ましいのあり方という観点から渓流環境整備計画を検討すると,そもそもこれはアセスメントとはうたっていない以上この設問自体が意味をなさないということも可能ですらある.しかしながらこの計画は上述したように"環境面を含めた十分な調査,環境への影響の防止のための対策の検討等を行うことを指示した環境政策大綱の具体的な施策として打ち出されたものである以上,事業が環境におよぼす影響を事前に予測して総合的に望ましいかたちを探るための方策というアセスメントの基本にてらした検討は十分な意味を持つといえる.

 渓流環境整備計画の基本的な流れは,それぞれの砂防事業の事業体の管轄する範囲において自然環境,社会環境,土砂災害危険性などを分析し,それらを総合して砂防事業を行なううえでの環境に対する配慮や取り扱いの注意を定めるものである.ある事業の実施に際して行なうアセス(事業アセスメント),個別の事業計画そのものの検討を行なう計画アセスメントのいずれにもあてはまらない.この意味では渓流環境整備計画は機能面でアセスメントになりえないということができる.しかし,運用次第によってはアセスメントをしのぐ機能を期待できなくもない.どういうことかというと,個々の計画を統括して環境保全を総合的に行なうという総合環境計画は計画アセスよりもさらに進んだ環境管理とはいえないが,渓流環境整備計画はこれに近い手順を示しているのである.

 日本におけるアセスメントが,計画アセスではなく事業アセスであること,第三者ではなく事業当事者が判断を行なうこと,情報のディスクロージャや住民参加の保証が薄いことなど,問題点が山積みであるが,行政側が環境政策大綱やアセスメント法などの理念を十分に汲んで弾力的な運用をはかることにより,かなりアセスメント機能のあるシステムができると考える.他方住民側にとっては,ディスクロージャによって提供される情報をどのように受けとめ.解釈,判断するかという点で,従来以上に砂防事業や自然環境の仕組み,価値などに対する理解や評価が問われることになる,この意味では,行政,地域住民ともに成熟していかなければならない.

注:この講演要旨は『渓流生態砂防学』(太田猛彦・高橋剛一郎編,東京大学
出版会,1999)の2.1と4.5をもとに若干の修正を加えてまとめたものである).


※本資料は、第一回渓流保護シンポジウムの資料集をOCRで認識したものです。
  認識の誤りによる誤字等があるかも知れませんのでご了承ください。  (渓流保護ネットワーク 吉沢)