三峰川における在来イワナと放流イワナの分布について

信州大学農学部 岸 秀蔵

1.はじめに

 現在の河川環境を考える上で、在来魚種の保護という問題は生態学的に重要である。中でもその存続が危ぶまれているイワナは、多くの河川で放流によってその個体数を維持している。しかし最近になって、いくつかの河川では、度重なる放流により本来の系統とは別の形質を持った放流種と在来種との間で種間競争や交雑が起き、在来種の減少につながっているのではないかという指摘が上げられている。本研究では放流イワナと在来イワナの分布を調査し放流種が在来種に与える影響を調べるとともに、在来イワナの保護について考察する。また砂防構造物がイワナの生息域を分断することによって起こる放流魚と在来魚の分布の隔絶について調査する。

2.調査地

 ヤマトイウナ (S.leucomaenis.f.japonicus)は本州中部相模川以西の太平洋に注ぐ河川と、琵琶湖流入河川、紀伊半島熊野川水系に分布する。天竜川水系の中で最もヤマトイワナの個体数が多いと思われる三峰川を調査対象地とした。
 調査区間は、下流は荒川合流点(標高1350m)から上流は小横川合流点(標高1650m)までの本流約9kmと、支流の荒川約3kmである。調査区間の平均河床勾配は本流3%、荒川8%と緩く河川形態は Ab型を示す。区間の中間には、洪水時に流木や巨石の補足を目的に造られた透過型砂防構造物の三号鋼製床固工(堤長79m、堤高3m)があり、その下流では天竜川漁業協同組合によるイワナの放流が続けられている。

3.調査方法


 「長野県産のイワナの斑点の変移」(山本聡他1998)の中で、イワナの背部斑点の比較によるタイプ分けを行っている。そのタイプ分けを元にして、自分で三峰川のイワナを捕獲し観察した結果、以下の図1に示す3タイプに分けることとした。

@在来魚  Y型(ヤマトイワナ型)背中線上に斑点がない
A放流魚  N型(ニッコウイワナ型)背鰭基部の前方まで背中線上に斑点がある
B中間型 YN塑(中間型)背鰭基部後方のみ背中線上に斑点がある

 図1の分類を元に、夏と秋に分布調査を行った。6月〜9月(夏の調査)は釣りによる採集、10月〜11月(秋の調査)は潜水による目視での確認を行い分布図を作成した。また10月〜11月に産卵行動と産卵床を調査し、雌雄のペアーを確認した場所と産卵床の場所を地図にプロットした。



4.結果と考察

 夏の調査ではY型73、YN型16、N型2個体を採集した。N型2個体は三号床固工下流で採集し、Y型、YN型は調査区間の上流から下流にかけて採集した(図2)。
 秋の調香ではY型239、YN考リ27、N西里547個体を潜水により確認した。N型の個体は三号床固工下流のみで確認され、上流では1個体も見られなかった。Y型、YN型は上流から下流にかけて分布していた(図3)。夏と冬で確認した個体数に大きく差がでたのは、直前に行われたN型稚魚1500匹の漁協による放流と、潜水調査法の効果によるものと考えられる。産卵行動の調査結果は、Y型同士のペアーが17組、N型とYN型のペアーが1組、YN塑同士のペアーが1組で、全て三号床固下流で確認された(図4)。これらの結果から、床固工下流に放流されたN型のイワナは、床固工の堤高1.23mを越えて上流に上る事はなく、上流にはY塑とYN型の個体のみが生息していることが分かる。今回の調査では、在来イワナと放流イワナの間で交雑が起きているかどうかまでを確認することはできなかったが、中間型を示すYN塑の個体も確認された事から、交雑の可能性は否定できない。また産卵行動の調査結果からY塑はN型に比べ産卵能力が高いということがわかった。


5.まとめ

 今回の調査により調査区間内では在来魚が優位にあることが確認されたが、今後も放流が続けられることによって、いつその立場が逆転するとも限らず、放流による個体数維持に頼らずに、在来魚の生息域を保護し個体数の適切な管理が必要であると考えられる。また放流をするにあたっても、本来放流種苗は対象河川由来の親負から作出したものを選ぶことが望ましい。しかし、在来のイワナはその水系の中で多分に野生を残しているので、斑点の変異に基づいて放流対象河川ごとに親魚を養殖し放流することは実際には不可能であろう。このため現状では、放流を堰堤の下流で行い放流魚の遡上を途絶し、上流にイワナの野生資源を保存する水域を確保することが、多様性の保全に資するものと思われる。

6.参考文献

1)山本聡、小原昌和、沢本良宏、築坂正美 長野県産イワナの斑点の変異1998


※本資料は、第一回渓流保護シンポジウムの資料集をOCRで認識したものです。
  認識の誤りによる誤字等があるかも知れませんのでご了承ください。  (渓流保護ネットワーク 吉沢)