2
「そ〜なんだ、龍也クン転入してきたんだ!」 目を輝かせながら、真由美が龍也を見つめる。 龍也が気がついたとき、そこはすでに校門の前だった。 制服姿で一人二人と登校してくる少年少女の姿。どこにでもある、ありふれた高校の朝の風景だ。 (さっきのは、いったいなんだったんだろう?) 真由美が何かを叫んだら、姿が変わって……そう、まるで変身したように見えたんだけど。あれはいったい……。 なんだったのか真由美に問いただしたかったのだが、真由美は質問を受け付ける雰囲気ではないようだった。 「それじゃ、職員室はあそこの入口入って右側の三番目の部屋だから! じゃ、後でね」 それだけ言い残して、真由美は校舎の方に走り去っていく。 真由美が校舎内に消えると同時に、予鈴のチャイムが校内に鳴り響いた。どうやら真由美はかろうじて遅刻を免れたようだ。
「なんか、変な学校だなあ……」 校内に入り込んだ龍也の、それが第一印象だった。 学校であることは間違いない。教室が並ぶ四階建ての校舎、運動場、プール、体育館、その他小さな建物、いずれも、どこにもでもある学校の施設だ。ちょうどホームルームが始まる時間らしく、校舎の外にはほとんど人はいないが、校舎から聞こえてくる喧騒も、ごく普通の学校となんら変わりはない。 龍也が妙に感じたのは、その校舎や運動場の構造だ。 校舎は学校の敷地の中央にあり、十文字の形をしている。十文字の中間は円柱状で、ただの廊下の交差点ではなく、その円柱の中にたくさんの部屋が存在していることが、外から見てもはっきりとわかる。 体育館は十文字の間の北西の角に、プールは南東の角にある。 そして、陸上のトラックがこれらの全体を取り巻いている。 要するに、どこの学校にでもあるような施設が揃ってはいるのだが、それらの構造と配置がまったく学校らしくないのだ。 学校には間違いないけど、どうにも学校らしくない。これが龍也に最初の台詞を口走らせた、なんとも形容しがたい違和感の理由だった。 とにかく、龍也は真由美に教えられた入口から入り、用意していた上履きに履き替えて、右側の職員室の前まで歩く。 職員室のドアのところで、龍也はまた新たな違和感の原因を見つけることになった。 そのドアは普通のドアではなく、厳重なセキュリティロックされた金属のドアだったのだ。 ドアの左には暗証番号を入力するキーパッド、その下には何かの認証装置まである。 もちろん暗証番号など教えられていない龍也は、この予想しない厳重なドアを前にして数秒間途方にくれた。 意を決してドアをノックしようとしたとき、キーパッドのさらに左にあるインターホンのボタンと、「職員室にご用の方はボタンを押してください」と書かれたパネルに気付き、少しだけほっとしてボタンを押す。 直ちにスピーカーから声が返ってくる。 「いらっしゃいませ。どちら様でしょうか? お名前とご用件をおっしゃってください」 礼儀正しい口調だが、まったく感情のこもっていない声で、どうも人間の肉声ではなく録音か、機械の音声らしい。 「えと……、大豪寺龍也です。今日からこの学校に転入するので、手続きに……」 龍也がそう言うと同時に、壁に付いていたカメラらしきものが彼の身体に向きを変え、一瞬フラッシュが光る。 龍也は思わず右手で目を覆った。 「生体パターン確認。声紋網膜パターン確認。大豪寺龍也さん本人と確認しました。改めて、いらっしゃいませ。どうぞお入りください」 同時に、金属のドアが音を立てて自動的に開く。 (妙なところがハイテクなんだな。ってか、職員室にどうしてこんな厳重な警備?) いぶかしがりながらも龍也が中に入ると、そこは机が立ち並び、教師たちが忙しく働く普通の職員室……ではなく、やはりどこか妙な光景だった。 「あ、大豪寺君ね。こっちよこっち〜!」 机の列の向こうで、スーツ姿の女性が大きく手を振り、立ちあがる。 そのまま急ぎ足で龍也の目の前まで歩み寄り、龍也の前に立って、龍也のことを上から下まで舐めるように見つめる。 「……ふんふん、良さそうね」 一人で納得したように小さくうなずいてから、女性は笑顔を浮かべて龍也に話しかけた。 「大豪寺龍也君ね。あたしは 「あ、はい。大豪寺龍也です、よろしく」 美和子と名乗った女性は微笑を浮かべ、肩まで伸びたストレートの黒髪を右手でかき上げる。 「転入手続きは問題なく全部済んでるわ。あなたのクラスは二年B組。それじゃ、ホームルームの時間がもう始まってるから急ぎましょ」 「あ……そうですね。すみませんでした……」 そういえば遅刻ぎりぎりで学校に駆け込んできたのだった。それを思い出して龍也はあわてて頭を下げる。 だが美和子は、足を止めることもなくさっさと先に立って歩き出した。どうやら細かいことは気にしない大ざっぱな性格の女性のようだ。 職員室のドアのところで美和子は立ち止まり、振り返って龍也を呼ぶ。 「龍也君、早く来て! 置いてっちゃうわよ」 「あ、はい。今行きますから……」 あわてて美和子の後を追った龍也の目に、となりのデスクの上に置かれたPCの画面がちらと映る。 『県内の悪の秘密組織動向調査報告 20××年×月……』 最初の見出しを読んだ龍也が、え? と思った次の瞬間には、スクリーンセーバーが動いて画面は消えていた。 いったいあれは何だろう? 頭の隅に疑問を抱きつつ、龍也は美和子の後を追った。
ごく普通の高校の教室、ごく普通のホームルーム、そしてごく普通の自己紹介。 美和子が黒板に名前を書いて、転入生の龍也をクラスに紹介した。 「大豪寺龍也です。その、父の仕事の関係で転校が多くて、今まであちこちの学校に通いました。よろしくお願いします」 父の仕事の関係、というのは小さな嘘だ。念動力がばれたから転校したなどと言うわけにもいかない。 何回も転校している龍也にとって、転校初日の自己紹介も、新しいクラスメートからの好奇心に満ちた態度も飽き飽きしたものであり、龍也はクラスメートが早く質問に飽きてくれることを待ち望んでいた。 「それじゃ、龍也君の席はあそこ、後ろの窓際の席ね。真由美ちゃん、龍也君のとなりだからよろしく。いろいろ教えてあげてね」 窓際の席を指差した美和子の指示に従って教室の後ろに向かった龍也だが、 (え、真由美?) 指定された最後列窓際の席の、そのとなり……その席に座っていたのは、まさしく先ほど登校中にばったり会った……そして龍也を引きずって走って行った、あの小柄な少女だった。 龍也が自分に目を止めたのに気付き、真由美は大きく手を振った。 「あ、龍也クン、こっちこっちだよ〜」 満面の笑みを浮かべながら大きく手を振る真由美のしぐさは、身体の小ささも手伝って、彼女を実際の年齢よりもはるかに幼く見せる。 「真由美ちゃん……同じクラスだったんだ」 真由美の席の横に来た龍也の一言に、真由美はまた笑みを浮かべて、弾かれたように立ちあがると、龍也の右手を両手で握ってぶんぶんと振り回す。 「ホント、凄い偶然だね! 龍也クンと同じクラスだなんて、すごく嬉しいよ!」 二人の親密な様子に、教壇の美和子も驚いたように声をかける。 「あら……、真由美ちゃんって、龍也君と知り合いだったの?」 「えーと、知り合いっていうか……」 「うん、今朝学校に来る途中で会ったんだよ!」 真由美はそれだけで理由は十分、と言いたげに、ますます龍也に寄りそう。今にも龍也に抱きつかんばかりの体勢だ。 周囲からはお約束の冷やかしの声が上がるが、真由美は毛ほども気にしていない。 なるべく目立ちたくない龍也にとって、これは望ましくない事態だった。ただでさえ念動力という厄介事を抱えている彼にとって、自分のことがクラスや学校内で評判になるほど、トラブルに巻き込まれる可能性は大きくなる。 かといって、ここまで彼にべったりの真由美を冷たく突き放したりすれば、それはそれでますます悪目立ちしそうでもある。 困っている龍也を、美和子の声が救ってくれた。 「はいはい、二人が仲がいいのはよーくわかったから、そこまでね。ホームルームの続き、やるわよ」 真由美がようやく龍也の手を離して席につき、龍也もとなりの席に座って、教室内は静かになる。 「……今日の連絡事項は特にないわ。あとは……、あら、 教室の真ん中にぽつんと空席がある。 「藤谷さんなら、急に風邪で熱が出たから休むって電話がありました」- 近くの席の女子生徒が答える。 「そうなの……。あら、舞花ちゃんって今週週番だったわよね?」 美和子は口元に手を当ててちょっと考え込む。 「風邪でお休みだと、何日か来られないかもしれないわね。じゃあ週番は誰か代わりの人に……」 そこで美和子はぽんと手を打ち、笑みを浮かべて龍也を見つめる。 「そうね、ちょうどいい機会よね。じゃあ龍也君、今週の週番お願いするわ」 「……え? あの、僕がですか? 今日転校してきたばかりなのに?」 「そうよ! 心配ないわよ、そんな難しいことじゃないわ。それに、週替わりで全員やることになってるから。じゃ、説明するからお昼休みに職員室まで来てね」 美和子が気軽に言い放った言葉に、周囲の生徒たちからざわめきが起きる。 「……転校生がいきなり週番? 本当に大丈夫かよ?」 「……ていうか、週番がなにやるかわかってるの、彼?」 (どういうことだろ? いったい週番に何があるんだ? そもそもこの学校、何から何までどこか変だよ……) 学校に対する言いようのない違和感が、午前中の授業の間、龍也の頭から離れなかった。
|