無限世界
石造りの町並みの間を走り抜ける、一台の自動車。
鉄の箱をつなげたような角張った車体、細い車輪。がたがたと揺れ、騒々しい音と煙を撒き散らす原始的な自動車だったが、馬車が主な交通手段であるこの街では、それはとても珍しい光景であり、人々が始めて目にする最新の機械であった。
この自動車が走る光景を、道端にたたずむ少年と老人の二人が眺めていた。
少年は、かたわらの老人に話しかける。
「お爺ちゃん、あれは何?」
老人は首を少年に向け、好奇の目を輝かせる少年に答える。
「あれは自動車というものじゃよ。人を乗せて、馬車よりも早く走れる乗り物じゃ」
「ふうん、初めて見たよ。なんだか……変な形だね」
「……うん、まあこの街では初めて見るものじゃからな。だが、わしはこの街の西にあるタダノーリの街で、あの自動車にずいぶん乗ったものじゃ。あれほど便利なものはないぞ。行きたいところ、どこへでもすぐに連れて行ってくれるし、楽じゃからな……」
少年はしばらく自動車を見つめてじっと考え込み、それからまた口を開く。
「ねえ、あの自動車って誰が作ったの?」
老人は温厚な笑みを浮かべて答える。
「このタナボータの街の機械工たちじゃ」
「作り方を教えてくれたのは? 最初に考えたのは誰?」
「それはな、この街の西にあるタダノーリの街の機械工たちじゃよ」
老人は、顔の前で両手を合わせ、感慨深げに言葉を継いだ。
「わしらタナボータの人間は、タダノーリの街から色んなことを教えてもらってきた、昔からな……。自動車の前には、馬車の作り方を教えてもらった。石を切って家を作るやり方も、ずーっと昔には鉄の作り方も、みんなタダノーリの街の人たちから教わったことなのじゃ。ありがたいことじゃないか……」
少年は走り去る自動車の後をしばらく好奇の目で追いかけていた。
それから、少年は老人に向き直り、また問いかける。
「ねえ、お爺ちゃん。それじゃ、タダノーリの街の人たちは、そういう色んなものの作り方を、どうやって知ったの?」
「タダノーリの人たちは、そのまた西にあるヒトマカーセの街の人々から教わったのじゃ。自動車の作り方も、家の作り方も、そういったものを全部な」
「じゃあ、そのヒトマカーセの街の人たちは誰から教わったの?」
「そのまた西にある、ボロモーケの街からじゃ。そのボロモーケの街は、そのまた西にあるモライモンの街から。どの街も、西の街からすべての知識を教わったのじゃよ」
老人の言葉に、少年は驚いた顔で言い返す。
「でも、どこかで誰かが考えて、初めて作ったはずでしょ? 西の街から教わったっていっても、その西の街がそのまた西の街から教わったっていっても、誰かが最初に考えて作らなければ、教えられるはずがないじゃないか!」
老人は、少年の疑問を何食わぬ顔で受け流す。
「誰が、考えたわけでもないさ。このタナボータの街は、タダノーリの街から。タダノーリの街はヒトマカーセの街から。ヒトマカーセの街は、ボロモーケの街から。どこの街も、その西にある街からすべて教えてもらったのじゃ」
老人は、はるか遠方にかすむ遠くの街の姿を眺めながら、言葉を継ぐ。
「この世界は、無限に広がっているのじゃよ……」