永年の恋 オフィスの自分の机で暇を持て余していた悠介は、自販機のコーヒー缶を手の中でもてあそびながら、となりの席の和馬に顔を向け口を開いた。 「なあ、ふっと思ったんだけどさ」 「なんだ悠介、いきなり?」 「うん。仏教とかヒンドゥー教とかの世界観だと、宇宙って作られてから何十億年か何兆年か、とにかく途方もない年月の後だけど消滅して、そしてまた宇宙が作られて、また消滅して……ってのを永遠に繰り返すことになってるよな」 「ああ、聞いたことはあるな、詳しくは知らないけど」 「それでだ、今あるこの宇宙と、消滅した後で次に作られた宇宙ってまったく同じものなのか? それとも、全然別のものなのかな?」 「まあ、そりゃ誰にも分からないことだろうなあ。誰かが『前の宇宙』から『次の宇宙』に意識を引き継いで、前の宇宙のことを覚えていない限り、誰にも比べようがない」 「それだよそれ! 前の宇宙のことを覚えている存在っているんだろうか?」 「……それは、宇宙が作られて、消滅して、また作られてのサイクルを超えて、誰かが永遠に生き続けるって意味か?」 「うん、そうであってもいい。でももう一つ考え方があるな。前の宇宙が消滅した後に、また新しい宇宙ができて、そうして前と同じ人間が同じように産まれる。で、その人間のうちの誰かが、前の宇宙のことを覚えているとしたら?」 「……なるほど、それならその誰かは、前の宇宙と次の宇宙のことを比較できるわけだ。しかし、またどうして急にそんなことを考えたんだよ」 「いや、どうしてかな? 本当になんとなく頭に浮かんだだけなんだ」 そこまで話したところで電話が鳴り、悠介と和馬は仕事に戻った。 少し離れた席に座っていた悠希子は、頬杖をついてぼんやりと二人の話を耳にしていた。 悠介の方をちらりと見やり、ため息をついてつぶやく。 「まだまだ遠いのかな……」
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「なあ、ふっと思ったんだけどさ」 「なんだ悠介、いきなり?」 「うん。仏教とかヒンドゥー教とかの世界観だと、宇宙って作られてから何十億年か何兆年か、とにかく途方もない年月の後だけど消滅して、そしてまた宇宙が作られて、また消滅して……ってのを永遠に繰り返すことになってるよな」 「ああ、聞いたことはあるな、詳しくは知らないけど」 「それでだ、今あるこの宇宙と、消滅した後で次に作られた宇宙ってまったく同じものなのか? それとも、全然別のものなのかな?」 「まあ、そりゃ誰にも分からないことだろうなあ。誰かが『前の宇宙』から『次の宇宙』に意識を引き継いで、前の宇宙のことを覚えていない限り、誰にも比べようがない」 「それだよそれ! 前の宇宙のことを覚えている存在っているんだろうか?」 「……それは、宇宙が作られて、消滅して、また作られてのサイクルを超えて、誰かが永遠に生き続けるって意味か?」 「うん、そうであってもいい。でももう一つ考え方があるな。前の宇宙が消滅した後に、また新しい宇宙ができて、そうして前と同じ人間が同じように産まれる。で、その人間のうちの誰かが、前の宇宙のことを覚えているとしたら?」 「……なるほど、それならその誰かは、前の宇宙と次の宇宙のことを比較できるわけだ」 悠介は机に肘を付いて少し考えてから、また口を開いた。 「それでな、仮に『前の宇宙』と『次の宇宙』がほとんどまったく同じだけど、どこかがほんのわずかに変わっているとしたら? そして、そのまた次の宇宙もほんのわずかに違っている。そうして、宇宙が繰り返されるごとにわずかずつ変化して行き、そしてやがてはその誰かの望んだとおりの状況になるとしたらどうだ」 「おいおい、そりゃまた途方もなく長い話だな。仮にその誰かがいるとして、目的の状態になるのは何兆年の後なんだ? 宇宙が何回繰り返された後なんだ? 目的を達するまでにそんなに恐ろしく長い間待ってるなんて、気が遠くなるぞ」 「……わからない。だけどさ、もし永遠に生きる誰かがいるなら、その誰かにとって何兆年だろうと何京年だろうと、わずかな時間でしかないんだよな。『永遠』と比較したら、一秒も一京年も変わりはしない」 「……かもな。しかし、またどうして急にそんなことを考えたんだよ?」 「いや、どうしてかな? 本当になんとなく頭に浮かんだだけなんだ」 悠介の横に歩み寄った悠希子がカップを差し出す。 「あ、コーヒーどうぞ」 「あ、ありがとう」悠介はカップを受け取り、口に運ぶ。 「いつも悪いね、こんなことしてもらって」 「いえ……、別に大した手間でもないですし」 自分の席に戻った悠希子は、わずかに微笑んで悠介の方をちらりと見やる。 「もう、そう遠くもない……のかな」
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