臨時ニュ−ス


「冬 三千院と鯖街道 熊川宿のこと」 ISAO・M 記


その1

1月も下旬 寒になり蟹が美味い

地元の有志と若狭へ向う。鈴鹿峠を越え、琵琶湖大橋を渡るころ、雪化粧をした比良山が

前方に見えて来た。車は国道477号線を経て367号線鯖街道を若狭に向かう。

窓の外には、昨夜か、おとといに降ったのか日陰になった屋根うらや、田圃に雪の塊が残っている。 しばらく行くと、京都と若狭への三叉路がある。その三叉路を左に曲がると「有料道路・途中トンネル」と書いた道路標識がある。有料道路の途中にトンネルがあるのかと思っていたら何のことはないここの地名が「途中」という地名であった。そしてトンネルの名称が「途中トンネル」という。こんなことを冗談に話した。「今、何処にいるか」と電話がかかってきた。「今は、大津の途中だ」と答えたら、途中て何処と、問い合せ。だから「途中だ」すると、「途中」て何処だ、また、相手のこえ、「途中」ていう地名だと言うとやっとわかったようだ。何だかわかったようなわからない話にみんな苦笑。変わった地名もあるものだ。そんな話をしながら走っていると、若い女の子が一人、また一人歩いているのが見えた。そこが京都、大原 三千院の参道入り口である。

  京都 大原三千院 恋に疲れた女が一人 

   結城に塩瀬の 素描の帯が 池の水面にゆれていた

  京都 大原三千院 恋に疲れた 女がひとり    (永 六輔 作詞)

こんな歌を思い出した。 しばらく行くと、今は、葉っぱの落ちた蔦のつるに巻かれたこの歌碑がひっそりと、参道の脇に立っている。
行きかう人も少ない。脇に土産物の店が並んでいるがシ−ズンオフか、店番の女将さんもやる気があるのか、ないのか、商売家のない様子で、スト−ブにあたり新聞を見ながら横目で時々見ているだけであった。

少し上り坂になっている参道入り口から三千院門跡まで約600m 10分間である。

三千院の門は石の階段を五、六段積み上げられた上に一見、城の門のような感じするそんな山門である。

この門の前は、土産物屋がならんでいる。

この山門をくぐって、すぐに客殿という建物に履物を抜いて上がる。

客殿坪庭

桧板の回廊を歩き昨日降った雪で庭園(摂碧園)が素晴らしい情景をみせている。

しばらくすると足の裏がじんと冷たくなってくるが、雪景色の庭を眺めていると一瞬忘れるのである。

また、その奥にみえる往生極楽院も屋根に雪を被りこれまた、素晴らしい景色である。

                                     客殿から雪冠の往生極楽院を見る

                                     往生極楽院正面

掃除の行き届いた広い境内のそれぞれの場所で、それぞれの景色を鑑賞していて時計の針が進むのも忘れ
境内を出たのはもう1510分を回っていた。

三千院へ来た道 鯖街道を戻り「途中」の三叉路を左に若狭へと向かう。しばらく走ると熊川宿がある。
ここは 明日散策することにし、三方五胡を横に見て今晩の宿 世久見にある民宿へと向った。


蟹や、舟盛りそして、ふぐのひれ酒で体のそこから温まり、仕上げは蟹雑炊で腹いっぱい!!

ああでもない、こうでもないと話が進むにつれて、酒が進む

その2

今朝は曇り空
先ず、小浜へ向かう。 小浜の港の傍に「御食国(みけつくに)若狭おばま食文化館」がある。
今、小浜は NHK朝の連続ドラマ「ちりとてちん」の舞台となっている。
ドラマのなかでの、若狭塗箸が有名 全国の箸生産で9割は小浜だそうだ。
この展示場にも、1膳7500円から200円までいろいろ展示販売されている。それと、食文化の展示や、小浜出身の文化人の功績を
展示している。
こんな所を見学して、帰り道の熊川宿を散策することにした。

雪が所々に残っている 鯖街道 熊川宿を散策する。
ここ、熊川宿は、江戸時代日本海側と京都とを結ぶ「鯖街道」の中継地、また西国三十三ヶ所巡礼の休憩・宿場としてにぎわったと
パンフレットに書かれている。

        ここから京都へ15里(約60km) 一夜薄塩の鯖を馬や、天秤ぼうでかついで京都まで急いで運んだという。
       「それは、それはきつい、きつい仕事であっただろうに」


                                             出入りの人々を検問する番所と番人 

江戸時代から明治維新まで設けられていた番所



熊川宿の通り

平成8年国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されて、町並み整備が進められている。
  亀山市関町によく似ているが、関町に一歩譲っている。

今の時季 観光客はまばらである。 それでも、三重県伊賀市から来たと言うグル−プの婦人二人に1軒しかないみたらし団子や
で会った。
この時季は、三重県からの観光客だけか? 小雪がちらちらと降っているそんな中


    酒屋  どうしても、酒の暖簾が目に入る

ここは旧熊川村役場を活用した熊川宿資料館「宿場館」



宿場館の裏に老人養護施設がある。通用路には凍結防止用に自動散水管設備があり先ほどから散水されている。
こんな設備は熊川でもこの道路だけである。大変寒い所・そして老人保護に対する町の福祉政策の一環か。



旧逸見勘兵衛家 幕末に建てられた民家 5000万円をかけて保存改修したもの
伊藤忠商事2代目社長、伊藤竹之助翁の生家(熊川宿 しおり より 抜粋)

今は観光客や、地元民の交流の場として公開している。

宿の散策を終り、後は帰るのみである。
昨日の景色とは変わって 今日は小雪舞う鯖街道




車から見える茅葺にトタンを被せた民家が10数件 固まっている。 
この付近には、なぜかこんな民家が多く見受けられる。

雪の積もった景色は、大津にはいり雨に変わり三重県に入ると雨がやみ普通の冬空に戻っていた。
2日間の旅は事故も無く、楽しく終わることが出来た。又、来年若狭の蟹を食べに行こう。

                                    「冬・三千院と鯖街道 熊川宿のこと」 おわり 

最後までご観覧いただき有難うございました。


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テ−マ「海抜0mからこんにちは」で民宿・海心と船釣りを楽しむということで、ヘベレケハッチ氏と 釣師 Usui氏による9月8日〜9日の1泊2日で紀北町海山での企画
ところが、船頭さんが急遽入院という事態になった。しかし企画したものを×にするのも残念と言うことで、企画内容を変更し男子5名、女子4名で出かける事にした。午前9時鈴鹿を出発、時間に余裕があるので、教養のある2人のK子さんの意見で、戦国武将 蒲生氏(後、会津若松城主)が築いた松坂城址と本居宣長旧宅 鈴屋を見学
その後、今度は、「農地・水・環境保全」(H19.4より国が取り組んでいる農業改革事業の一環)に取り組んで田圃をうまく利用し、村おこしをしている多気町丹生に立ち寄った。そこには、布袋あおいの淡い紫色の花や、めだかが、すいすい泳いでいた。
思ったより人出が多い感がした。それは、昨日新聞で情報発信されたことによるのではないかと、ふと、そう思いをしながら木陰の道を歩いた。

    
    ウオ−タ ポピ-           布袋あおいの群生田   布袋あおい

約2時間あまり散策して多気町をあとにして一路海山に向かった。
夕食までの2時間あまり引本浦の波止場で釣り糸を垂らし大漁を願うのであった。
特に川口氏が吊り上げた大きな「かわはぎ」が夕食の一皿となってみんなの口に入ったのが今日の収穫であった。
おいしい魚に酒がより進む「民宿・海心」の夜でした。

 
  民宿・海心の料理の一部                海心の女将さんと

翌朝、すぐ前の小山浦は波も穏やかな初秋の海、岩場で釣り糸を垂れる釣り人、遠くでゆっくりと進んでいくのが見える
白い船 時より小さい白い波が浜辺を洗うザァ-と聞こえる音だけの朝の海。

  
朝日を受けて

 
   穏やかな海                          何をか思う人


民宿をあとに尾鷲へと 火力発電所近くで時間の許す限り釣り竿を伸ばし、ただ一点を見つめ時間の過ぎていく
そんな紀州地の2日間でした。       終わります。
 
                                 後の橋のように見えるのは、尾鷲火力発電所の給油パイプライン

次回は、9月29日 津軽三味線の音に満月を明かりに酌み交わす酒宴月見会の模様を公開します。
 ぜひ ご期待を!!