「セーフティネットの政治経済学」金子勝著 ちくま書房 1999/09

  評者 Shin(岡田)

 ここ数年来、「小さな政府」論、あるいは「自己責任」や「規制緩和」が声高に叫ばれている。

 こうした状況の中で、著者は、まず、「なぜ不況が長期化したのか」、日本経済の危機の本質がいかなるところにあるのか、という問題に対して「経済学の失敗」として捉える。すなわち、ケインジアン対新古典派経済学という二分法的な政策論から処方される政策は、いずれも失敗に帰しているとの認識を明確にしている。特に、バブル期以降の新古典派経済学から導き出される「小さな政府」論等の政策がうまく機能しないで悪循環に陥っているにもかかわらず、なお、突き進んでいく状況にあることに警鐘を鳴らしているのである。

 

 その上で、著者は、「セーフティネットの再構築」を第三の道として提示している。「セーフティネット」とは、サーカスの綱渡りの時に綱の下に張られる安全ネットのことである。ここには、リスクを恐れない競争の原理を否定することなく、むしろ競争を促すために、安全ネットを整備する必要性があることを暗にほのめかしている点が注目される。

 

 さらに、「大きな政府」か「小さな政府」かといった類の二元論的な認識から生み出される政策を超えて、市場の限界を把握しながら、敢えて「セーフティネット」という概念により、社会発展の多様性を認めるフレームワークを提供することで、アメリカ主導型の世界戦略的なグローバルスタンダードに対抗しつつ、社会経済の変革期にある日本経済の再生に向けて「セーフティネット」に連結する制度改革を進める上で、着目しなければならない5つの観点を明らかにしているのである。

 

 本書は、昨年(1999年)9月に発行されたものであるが、その背景には、わが国の政策が、アメリカで成果を収めたレーガノミックスに追従する様相を呈してきている状況があるものと思われる。それ故に、政策運営が「自己責任」や「規制緩和」といった方向に大きく振れている今日、「セーフティネットの再構築」という第三の道を提起して、21世紀を展望した日本の社会経済の舵取りを行っていこうとする非常に建設的で挑戦的なものとなっている。

 

 ここに、本書の政治経済学たる所以があるものと考えられるが、社会発展の多様性を認めるフレームワークであるがために、大きな流れに取り込まれる危険性もまた孕んでいるのである。このことは、今年(2000年)になっても、政策に大きな修正が見られないだけでなく、むしろ機会の平等、選択の自由といった自由主義的な空気が蔓延してきているように見受けられる。いずれにしても、今後の動向が注目されるところである。

 

T.セーフティネットに連結する制度改革における5つの戦略(本文から)

 

@ 労働市場・土地市場・金融(貨幣)市場といった本源的生産要素市場におけるセーフティーネットの再構築が制度改革の起点となる。すでに述べたように、セーフティーネットが必要となる根拠は本源的生産要素の市場化の限界にあるからである。これらの市場の変化あるいは社会の変化によって機能不全に陥っているセーフティーネットを張り替え、それに連続して制度やルールを組み替えてゆくのである。

 

A 新古典派ともケインジアンとも異なり、財政中立的な制度改革を目指す。まず前者に基づいて「小さな政府」や規制緩和路線をとると、デフレや信用収縮がひどくなるばかりである。他方、後者に基ついて公共事業政策や減税政策をとっても、景気刺激効果はうすく財政赤字を膨張させるばかりである。しかも財政赤字はしばしば長期金利を引き上げるために変則的な量的金融緩和政策を拡大させる。また財政赤字は年金をはじめとする社会保障制度を動揺させ、将来不安を増幅させる。セーフティーネットに連結する制度改革という知的戦略は、このような袋小路を脱する第三の道なのである。

 

B この制度改革は、これまで捕らわれてきた陳腐な二分法的思考を拒絶する。言うまでもなく、二分法的思考とは「小さな政府か大きな政府か」「市場か政府介入か」「効率性か分配上の公正か」といった発想法である。繰り返し述べてきたように、市場は非市場的制度によって支えられて初めて安定的に機能する。そして、誰もが個人では負いがたいリスクを社会的にシェアする共同性に基づいて、自己決定権も保障される。つまり市場の領域は協力の領域と相い補う関係にある。重要なのは、制度改革で新たに作り出される制度やルールが、歴史的に与えられる公共的課題(公共性)と社会的公正を満たしているか否かなのである。

 

C 覇権国中心の国際経済秩序が動揺して国民国家の地位低下が生じている以上、セーフティーネットの張り替えは国民国家レベルだけでは十分ではない。国民国家を上下にはさむリージョナルというレベルとローカルというレベルでも、セーフティーネットを再構築する必要がある。前者はアジアというリージョナル・レベルにおいて通貨・貿易などで協力関係を築くことであり、後者は日本国内の各地城というローカルなしベルでの分権化改革をさしている。国民国家のしへルでは、地方分権化と同時に社会保障基金をもう一つの政府として独立させてゆく。それゆえ中央政府の機能は決してなくならないが、ミニマム保障を中心にしたものに縮小されざるをえない。その際、権力を分散しなから各政府の透明性を高めて、人々の手の届くところに公共空間を作り出すことが重視される。

 

D 高齢化や環境問題なとの成熟社会に対応した制度改革を急ぐ。今日見られるように、高度成長の残像を追いかければ追いかけるほど、傷を深くし将来不安を高めてゆく。こうした古い発想を一掃し、未来のリスクに備えつつ経済を安定軌道に乗せることを優先させるのである。

 

文責;岡田真一