「環境税とは何か」石弘光著 岩波新書 1999/02
案内人 Shin(岡田)
本書において、まず、現代の環境問題が、戦後の経済成長指向による代価として1960年代後半以降の局所的・地域的な産業公害による環境汚染から、1980年代以降、大量生産・消費のつけとして地球規模の環境汚染へと構造的に多様化・グローバル化の方向へ変化してきているとの認識を明らかにしている。
その上で、旧来型の「企業」対「地域住民」の対立構造から、国民も環境保全に責任を持ち、その費用の一部を負担する義務が生じてきていることを指摘する。特に不特定多数が排出する二酸化炭素を主たる原因とする地球温暖化の防止策として、新たに経済的手段の活用が図られるべきものとしている。ここに、環境政策における経済的手段の一つとして環境税の必要性が生じてくるのである。
従来、主な環境政策として、政府介入による直接規制、あるいは補助金という方策や環境問題を大きく取り上げることにより企業の自主的な取り組みを期待するという手法を講じてきた。著者は、これらの方策や企業の対応に対して、一定の有効性を認めつつも、その限界を示し、環境基本法で「経済的措置」が規定されたことについても、新たな課題である都市・生活型公害や地球環境問題等に適切な対策を講じる上で、不十分であるとの認識に立っているからであるとの考えを示している。
そこで、環境政策における経済的手段について論ずる手がかりとして、環境税の理論的基礎を与えるために、環境汚染からもたらされる外部効果を内部化する伝統的な手段の一つである、汚染物質の排出量単位当りに対して賦課するピグー的課税の一般的な説明を行い、現実的な政策手法としてボーモル=オーツの価格設定・基準化による接近方法について言及している。
さらに、OECDにおける経済的手段の分類に基づいて、諸外国の現状等を示しながら、それぞれの手法について説明を加えた上で、著者の専門分野である租税体系の中での環境税のあり方を北欧4ヶ国やオランダで導入されている炭素税を中心に論じているのである。
くしくも、2000年9月14日、政府税制調査会(首相の諮問機関)の新会長に、この本の著者である石弘光氏が選出された。
本書の「プロローグ」によれば、1991年10月に地球環境日本委員会主催の「環境と経済 国際シンポジュム」に報告者として招待されてからであるとのことである。爾来、税制の専門家の立場から環境問題における経済的観点からのアプローチである環境税の第一人者として、今日に至っている。また、行政改革や地方分権における財源問題についても造詣が深く、計量経済学的な観点から地方分権をより確かなものとしていくことが期待されている。
今後は、来年1月の中央省庁再編により環境庁が環境省に改変される中で、著者が政府税制調査会の会長に就任したことにより、環境税に対する取り組みが大きく進展し、何らかの形で環境税の導入が検討されていくものと予想される。
こうした状況を踏まえると、全体的に見て、炭素税に固執しているのではないかと感じる部分や原子力に関わる部分等々、異議を感じる部分もあるが、環境問題の構造的な変化や環境税の理論的根拠と具体的な構造、諸外国の取り組み状況などをバランスよく平易に解説した本書は、環境税の入門書として新税導入に対する国民的な合意を得ていく上で大きな役割を果たすものと思われる。
「ボーモル=オーツの価格設定・基準化による接近方法」について(本文から)
彼らの基本的な設定は、そもそも汚染による限界損害費用の貨幣的価値を合理的に測定できない。さらに外部不経済と関連するこの種の費用は、広範囲に拡散しており無形のものを含むから、その特定化自体、不可能であろうとしている。
そこで、恣意的でもよいからまず受け入れられそうな現実的な目標を設定する。例えば、大気中NOxをX%以内に抑制するとか、住宅地における騒音を1日中Yデシベル以下にするとか、目標を基準化する。<中略>所定の目標が達成されるまで、この繰り返しは続けられる。あるいは逆に目標が予想外に簡単に達成されてしまったら、より厳しい目標を新たに設定し云々
※ このアプローチは、環境問題における考え方や最近の「政策評価」の流れ等の基礎を与えている。さらに、この接近法の根底にあるのは、先に案内したロールズの「公正としての正義」をベースにしているものと思われる。このあたりについて、考えていることを「はぐれ公務員の世迷言」に連載していく予定ですので、皆さんの忌憚のないご意見、ご感想を宜しくお願いいたします。
平成12年11月21日
文責;岡田真一