スケッチ_@0401『プラセボ』
「コレで全部だよな、依頼のって」
帳簿にチェックを付け終えたモアナが、うんと軽く頷いた。
「そだね。じゃ、あとは任せといて!」
「おう、よろしくな。さって、飯まで寝るかなーっと」
「あ、そうだ団長さん」
伸びをしつつ踵を返したところで、スハルはそのモアナに呼び止められる。
「ん?」
「上行くんでしょ? ついでにこれ、渡しといてくれない?」
そう言って差し出された箱の宛名に、スハルは目をやった。
屋上から張り出した枝の先に、やはりその細身の姿はあった。西からの微風に、銀の髪が柔らかくそよいでいる。
「おーい、ツァウベルン」
呼びかけると振り向いて笑う。かすかに胡散臭さを残す笑みは相変わらずだ。
「やあ、何用だい団長殿?」
軽く首を傾げてみせるツァウベルンに、スハルは手にした箱を翳す。
「モアナから、預かってきた。あんた宛の小包だって」
「そうか、それは手を掛けさせた。そうか、これが現物か…」
手渡された荷物の送り元を確かめたツァウベルンは、納得した様子で頷く。そうしてその様子を眺めていたスハルに、パールグレイの視線を向けた。
「ちょっと面白い物が届いたんだ。時間があるなら、少し付き合わないかい?」
「え? ああ、いいけど…」
「我が国の図書に、少々面白い記述があったのを思いだしてね」
二人が腰を落ち着けたのは、夕飯には早い食堂の片隅。音ひとつ立てずテーブルに置いた箱の包みを解きながら、ツァウベルンはそう口を開いた。
「我が国では書の知識を主に銃という機構に昇華してきたが、僅かながら魔導の、それも薬品方面への技術にも応用してきたのだよ」
「へぇ」
「ただ、大陸では入手不能な材料が多くてね。調合法が残っていたとはいえ、幾つかの法薬については幻とされてきたわけでね」
「ふぅん。じゃあそれは、その薬を作ってみたって事か?」
「ご明察」
スハルの合いの手に、ツァウベルンが満足げに笑む。
「材料となる物を幾つか仕入れて、国の方へ送ってみたのだが、その成果がこれだ。尤もこれは、私の独断による行動だから、事後ながら団長である君に、きちんと報告をしておきたかったのだよ」
「ちゃっかりしてるなぁ。それはいいけど、でもコレ、いったい何の薬なんだ?」
「それを問うてくれるのを楽しみにしていたよ。これはね…」
ツァウベルンは身を乗り出すと、テーブルを挟むスハルに軽く耳打ちする。
「ん? 何だそれ?」
『Bi』の音で始まった耳慣れない単語は少年の知識の範疇にはなく、スハルは眉を寄せて首を傾げる。予想とは外れた反応に、事態を察したツァウベルンが苦笑した。
「ああ、名詞では通じなかったか。それでは、効能で説明するとしよう」
笑みを漏らしたツァウベルンが、再度スハルに耳打ちする。
「えええーーーーっ!?」
レストランに居合わせた客一同が、突如響いた大声に一斉に振り向いた。
「いや、なんでもない。お騒がせしたね」
にこやかな笑顔で場を収めた青年が目を降ろすと、首筋まで真っ赤になった少年が口を押さえて俯いていた。その目線は箱の中、壊れないように布で包まれていた二本の小瓶から動かない。
「大丈夫かい? 何か、飲み物でも貰ってくるとしようか?」
笑みを含んだ問いに辛うじて首を横に振ると、詰めていた息を吐き出したスハルはテーブルにぐったりと身を伏せた。
「なんだよ、その薬…よりにもよって…」
らしくないまでの小声での、嘆きにさえ似た呟きに、こみ上げる笑いをツァウベルンは唇でせき止める。伏せられた真実を明かしたくなる衝動を、辛うじて押し殺す。
折角『この日』に届いたのだ。少しぐらい趣向は凝らしたい。そういうものだろう? と内心自分に同意を求め、笑んだ口元を再び開く。
「折角だから、一本は進呈しようと思っていたんだ」
「へ…え!?」
「君達なら、無駄にはならないと思っているんだがね?」
喉の多くで濁音を漏らして硬直したその態度に、かまを掛けただけだったんだがねと思いつつ、脳裏の情報を書き換える。推測から、確信へと。
「…いや、でも、別に、そんな…」
「まあ君達はまだ若いから、そのようなものは不要とは思うがね?」
「っぐ…」
まるで喉に蛙を呑み込んでいるようだという感想は、口にしない方が懸命だろう。
そうしてまるで握手のような気軽さでツァウベルンが差し出した瓶を、スハルは反射的に受け取ってしまう。そしてその事実に狼狽する様にくすくすと笑いながら、ツァウベルンは箱の蓋を閉め、元のように包んでしまった。返却は不可という、無言の主張。
「ちょっと、これ…」
「ああ、本当に不要ならば棄ててくれても構わないよ?」
「や、でもせっかく、国の人が作ったんだろう?」
「そう思うなら、どうぞ有意義に使ってくれたまえ。ああ、帰ってきたところを引き留めてすまなかった。ゆっくり休んでくれたまえ」
「お、おう…」
困惑と混乱と、狼狽と困却。瓶を握りしめたままふらふらと立ち上がり、文字通り途方に暮れたといった様子で、スハルは食堂を出て行った。そのスハルと入口で擦れ違ったリウが、胡乱気な表情を浮かべてツァウベルンに視線を据え、まっすぐ卓に近付いてきた。
「なんかしたでしょ、あいつに」
はー、と溜息を吐きながら、先ほどまでスハルが座っていた席に腰を降ろす。
「何だかんだ言って大事な友達なんだからさー、あんまり困らせないでやってくれる?」
「国から届いた薬を一本進呈しただけなんだがね。なんと、咳止めの特効薬だ」
「咳止め?」
「尤も、彼には別の薬として進呈したのだがね。そういえば、彼は『媚薬』という単語を知らなかったな」
楽しそうな笑みは、まるで子供のもの。
「我が国では今日は、『罪のない嘘ならば赦される日』だ。そんな日に届いたのだ、これは天啓のようなものだろう? そう思い至り、実行に移した次第だよ」
しかしいくらその意図に害意がなかったとしても、大人の知恵と子供の行動力が合わされば、その結果は決して穏やかなものでは済まない。
「一緒に、考えてもらうからね…」
深々と、それこそ肺の中の空気総てを出し切るような溜息が、リウの口から漏れた。項垂れた顔を上げたリウは、脱力しきった半目の睨みを無邪気な詐欺師に向ける。
「何を?」
「明日の朝、マリカがあいつを起こしに行かないようにする方法!」
「おや、知ってたのかね」
「まあねー…」
リウは乗り出した身をがたんと椅子の背もたれに預け、脱力のままに天井を仰ぐ。
「大体、あいつら単純なんだから。あんたに言いくるめられたら、例え中身が砂糖水でも効かないわけないでしょ?」
そうなれば間違いなく、朝から刺激が強すぎる光景になるだろう…そう思いかけ、自分の想像力を押さえ込むようにリウは親指で米神を押さえた。友人の『特別なプライバシー』に踏み込むつもりは毛頭ない。
「とにかく、明日はあいつらいないものと思っとくから、手伝ってくれるよね? いろいろと」
「承知した」
それでも楽しそうににっこり笑うツァウベルンに、リウは異国の傍迷惑な慣習を呪わしく思わずにはいられなかった。
4/1ネタです。バカ話になっていればいいんだが。
(考えずに書いたという意味ではまごう事なき馬鹿話なんですがね)
単純×2のその後とか、残り一本の活用法とか、イロイロと想像してやっていただければ幸い。しかし『罪のない嘘』ってどんなんだろうって考えていた筈なのに、なんでこうなったんだ?
最初どっちでもいいかなって思いつつ名無しで書いたメモ切れを相方に見せたら「これはスハルだろう」と言われたのでそうしました。どこが違うかな…何処だろう…
とりあえず、ツァウベルンの喋り口はもう少し装飾があった方がいいのかもしれないなぁ。
医者の説明でプラセボの話が出たとき、すぐに「偽薬ですね」と応えたら「医療関係の方ですか?」と問われたことがあります。
そんなにレアな知識ではないと思うんだが、プラセボ、もしくはプラシーボ。ね?
|